月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 草本類  

白い声




陽炎が遠くで揺らめいている。
梅雨明け宣言がされなくたって、季節は確実に前へと進んでいて、
雑木林横のアスファルトなんて、どう見たって夏の色をしているではないか。


カンカン照りの太陽は肌を刺すように痛いけれど、林の木陰に入ればそんな暑さも忘れられる。
汗ばんだTシャツが、林を抜ける風に撫でられてひんやりと気持ちが良い。
しばらく心地よい雑木林での散歩を堪能していると、
ふわりと夏を感じさせる甘い花の香りが風に運ばれてやってきた。


どこかなつかしい、遠い記憶が呼び起こされるような、頭の片隅に残っているあの香り。


なんだっけかな、この香り。



----------------------------  昔、まだ幼稚園に通っていたくらいの頃、
祖母や祖父に裏山へ連れて行ってもらうのが好きだった。
散歩する山ではいろんな匂いがしていた。
ドクダミは踏んづけると嫌な匂いがするし、ヨモギは葉をちぎって嗅いでみればおもちを感じられた。


“ あの香り ” もそんな淡い記憶の中にあったのを覚えている。
山の見晴らしの良いところで、前を通過する電車を見るのが好きだった。
よく風の通るところだったから、その時も “ あの香り ” が風に乗って届けられていたんだと思う。

電車が通るのを見終わって振り返ると、
あの人は日傘を差して微笑んでいたのを覚えている。  ----------------------------




あれが咲いているのは明確だった。
あの香りは確かにあの時咲いていた花のものだったはず。
追い風がふわっと吹いた時、また “ あの香り ” が私の肩をたたいた。


その時ふと、なんだか後ろから呼ばれたような気がした。
振り返るとそこには夏の白い花。



ヤマユリ
ヤマユリ Lilium auratum


雑木林の草むらに、木々の隙間からこぼれる光がスポットライトとなって降り注ぐ。
その照らされた先に、香りの主 ( あるじ ) が立っていた。
薄暗い林のなかで、その花は一際存在感を放っている。
ヤマユリ特有の甘い香りが、いつしか私を優しく包み込んでいた。


あぁ、もう夏か。
ヤマユリはこれから先の夏の気配を感じさせるとともに、遠い過去の、淡い記憶も呼び起こす。
懐かしくって、懐かしくって、とにかく愛おしい記憶。


花はなぜ美しいのだろうか。
それはきっと次世代のためなんだ。
甘い香りで虫を呼び寄せ、種を作り、そしてまた次に咲くその日のために。
ヤマユリの香りが優しいのも、きっとそのためなんだ。
誰かのために、美しい姿で、心地よい香りで。




明日は新盆の墓参り。

私に呼びかけたのは、あの花だったのだろうか。
振り返った雑木林に、照らされて立っていたヤマユリが、なんだかまるで ・ ・ ・

あの日、あの人と感じた優しいあの香りを思い出して、
なんでその香りを “ 優しい ” と感じたのかがわかった気がした。



雑木林を抜けたアスファルトの上は、未だに陽炎が揺らめいている。

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