月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 鳥類  

ハイマツ畑でつかまえて



 実は山登りを始めてからというもの、高山域に棲息する生き物に対してふつふつと憧れを抱いていた。邂逅を求めて標高3,000 m級の山を歩くこと3年目、ようやくそれが報われることとなった。

 それはかつて 【 らいの鳥 】 と呼ばれ、山岳信仰とともに神聖化されていたニホンライチョウLogopus muta japonica という存在。 ( 文献によってはmutus の種小名が用いられるが、属名は女性名詞であるためmuta が正しいと思われる。日本においては日本鳥類目録改訂第7版で修正した模様。 )
 今回はそんなライチョウに出会うまでの話。





組写真




 早朝5時、いつものアラーム音が鳴り響く。 「 うるせぇなぁ 」 と思うも、しかしなんだかいつもと違う。重たい瞼を開くと、シートを倒して寝袋にくるまり、車中泊をしていた事実をその時になってようやく思い出したのだった。
 顔洗いがてら薄っすら明るくなってきた外を歩いてトイレへと向かうと、途中のバス停には50人以上の長蛇の列が既に形成されていた。

 「 うっわ、ハイカーたちの早起きをなめてたー︎ ?! 」

 急いで用を足して、朝めしの入ったビニール袋をカサカサ揺らしながら最後尾にのこのこと並ぶ。




 ここは南アルプス “ 仙丈ヶ岳 ” の麓、仙流荘の駐車場。ここから先はマイカー規制が引かれているため、夜も明けぬ早朝からバス停に並び、登山バスで玄関口である北沢峠を目指すというわけだ。マイカー規制があるということは帰りも当然バスに乗り遅れる事ができないので、活動時間を目一杯確保するために始発のバスはとにかく混み合っている。
 老若男女のハイカーたちが色とりどりのウェアを着込み、これからの山登りに期待を膨らませている笑顔にはこちらも朝から元気をもらえる。

 幸い数台出る始発バスに乗ることができ、7時には北沢峠に無事到着。この峠は甲斐駒ヶ岳や仙丈ヶ岳など、いくつかの山々へアクセスが可能なためハイカーが非常に多いが、ここからは皆散り散りになるので山登りが始まればバスの混雑を忘れられるほどになる。
 標高にして2,032 mの北沢峠からスタートして、垂直距離で約1,000 mを登った仙丈ヶ岳山頂を目指す。といってもピークハンターではないので、別に頂上に固執するわけではなく、高山帯まで上がって生き物探しができれば良いわけだが。最終バスが16時発なので、ここからの制限時間は9時間となる。




亜高山帯
亜高山帯の森


 まずは北沢峠から森林限界まで、背の高い針葉樹がひしめく亜高山帯をゆっくりと登っていく。下界では 「 これで梅雨かよ 」 と小言が出るほどに暑い6月だったが、南アルプスの高標高地は冬の面影を残していて少し肌寒いくらいだった。なまった体は少し登るだけでも熱を帯びるが、ゆっくりと深呼吸すれば心地よい冷たさと、わずかに甘味のあるフィトンチッドを含んだ空気が私をクールダウンしてくれる。
 そんな亜高山帯では、ふわりふわりと飛翔する、優雅なカラスに出会った。




ホシガラス
ホシガラス Nucifraga caryocatactes


 おおよそ、世間一般のカラス像からは外れた美しいカラス。和名の通り、星を散りばめたような白斑に覆われた模様で、亜高山帯から高山帯に棲息する高山性のカラスだ。
 この時期は亜高山に降りてきていて、気温の上昇に伴って森林限界を越えハイマツ林にも姿を現わすようになる。今回も森林限界を越えた地点で2回ほど見かけたので、彼らも登り始めているのだろう。

 飛び方は非常に優雅で、ふわふわと舞ったかと思うとすぐ近いところに着地する。バサバサと早いスピードで距離を離されるわけではないので、比較的観察のしやすい鳥だ。カラスも好きな鳥なので、この美しいカラスはたまらない。
 いきなり登山バスで森林限界を越えて山頂近くまでアクセスできる山もあるが、こういう出会いがあると登ってきた甲斐があるなと、足が軽くなる。


 時折、木々の隙間からまだ雪に覆われた甲斐駒ヶ岳を横目に標高を上げていくと、いよいよ高木が生えることのできない森林限界を越え、展望が開ける高山帯へと突入する。





北岳と富士山
北岳と富士山


 開けた視界から周囲の山々を見やると、この日の天気がいかにピーカンだったかがよくわかる。遠くには我が国で最も高い富士山が雲を突き抜け姿を現し、そして写真中央のピークには第2位の標高を誇る北岳の山容が美しく並ぶ。景色としては非常に美しく登山日和なのだが、目的とするライチョウは 『 雷の鳴る天候で活動するからライチョウ ( 雷鳥 ) 』 という説があるように、むしろガスっていたりした方が猛禽類に襲われる心配が少ないので見やすいとも聞く。




小仙丈沢カール
小仙丈沢カール  小仙丈ヶ岳の山頂付近から小仙丈沢カールを望む ( どちらもほぼ同じ位置からの撮影 )
上 2016年9月
下 2017年6月


 晴れ渡る天候に不安を感じつつ仙丈ヶ岳の道のりは、去年の9月に惨敗した時とは全く風変わりしているのに驚いた。夏山とは打って変わってまだ雪渓が残る稜線歩きとなり、それに苦しめられる山行となる。
 本来ならば軽アイゼンくらいは装備しておきたいところだが、私は軽アイゼンどころかトレッキングポールすらない状態だったので、体一つで挑むことになった。



雪渓
雪渓


 このような急斜面のルートにも雪渓が残っており、踏み外したり足を滑らせれば、高山から一気に下界を通り越してあの世まで滑り落ちてしまう難所も。ミドルカットの登山靴ではズボズボ埋もれる雪渓を歩くたびに靴内に雪が入ってきて、冷たさと不快感がしばらく続く。私は靴下が濡れるのがとにかく嫌いなので、これには参った。
 そんな雪渓をフラつきながら乗り越えて行くと、ハイマツの海から顔を出したライチョウをようやく見つけることができた。


ライチョウ オス
ニホンライチョウ


 念願のターミガン。ハイマツの隙間から息を殺して覗くと、ゆっくりと採餌する姿を観察することができた。足取りはがっしりと踏みしめ、時折周囲を警戒しながらもハイマツの中を進んで行き、矮性低木をついばんでいる。
 やはりキジ科鳥類などの地上性の鳥は恐竜的な魅力があってカッコイイなぁ。個人的にはこの “ ハイマツの中をガシガシと歩いていて、途中採餌しながら辺りを窺う姿 ” が、私の勝手な恐竜像にばっちり合っていて、それが2,000 mを超える高山にて自分の目の前で繰り広げられていることに本当に感動した。
 しばらくその神々しい姿を見せてくれたあとは、また何かを求めるようにして、ひょいとハイマツの海へと潜って行ってしまった。


 「 ぷはぁ~ 」 気がついたら息をするのも忘れていた。標高が高くて酸素が薄かったこともあるし、気づかれないよう息を殺していたのもあるし、写真がブレないよう息を止めていたのもあるし、感動して息を飲んでいたのもあるし。とにかくライチョウとの遭遇がこんなにも凄まじいとは。



ハイマツ
ハイマツ


 一度見かけると、とにかく気になって仕方ない黄緑色の海。あのハイマツの海のどこかに、彼らが潜んでいるのだろう。





ライチョウ メス
ニホンライチョウ


 今度はそのハイマツの下からひょこひょことメスのライチョウが目の前に出てきた。この時期はオスとメスがペアリングし、早いペアでは産卵が始まるため、抱卵してハイマツからあまり出ないことからメスの姿を見るのは難しい時期でもある。そんな中での貴重な個体。この日はこの個体しかメスを見ることはなかった。
 よくオスの目の上にある肉冠が取り上げられることが多いが、メスの体を覆う一枚一枚の羽根は非常に精巧な色彩を持っていて、すごく綺麗だと思う。これこそ Rock Ptarmigan の名にふさわしい色合いで、岩場に紛れ込んだメスの発見は容易ではない。

 この日は晴れて地面が乾いていたためだろう、ちょうど砂浴びをするために巣から離れたタイミングだったようで、目の前でぶるぶると体を震わせて砂浴びしていた。





ライチョウと雪渓
ニホンライチョウ


 しばらく進むとまた別の場所でも発見。背景の白色は全部雪渓だ。6月だというのに雪の残る冷涼な高山に生息する鳥で、1年を通して高山に留まる完全な意味での高山鳥は日本ではこのライチョウだけだ。イワヒバリPrunella collaris や前述したホシガラスなどの高山性の鳥も厳冬期になると、低標高地へ移動して冬を越す。対してライチョウは換羽して真っ白な姿に変身し、雪に潜ったりしながら体を休め、ハイマツなどの常緑の矮性低木を食べて冬を乗り切る、正真正銘の高山鳥だ。

 というのもライチョウは北極圏付近の寒冷地に生息する鳥で、約2万年前の氷河期のタイミングでロシア極東から日本へと分布を広げた鳥だからだ。その後の間氷期になり日本が温暖化した結果、ライチョウたちは高緯度地域に戻っていく事になったのだが、日本アルプスの高山は気温も低くライチョウの生息適地のままだったので、 “ レフュージア ( 待避地 ) ” として残ったようだ。
 シナリオ的には日本のヤチネズミEothenomys andersoni と似たようなパターンではないだろうか。


 ミトコンドリアDNAの分析だと、日本には6つのハプロタイプがみられ、氷河期に渡ってきたと考えられるロシアの個体群に近い祖先集団はここ南アルプスに多く、かつては北アルプスなどの広い範囲に分布していたようだ。しかし南アルプスと北アルプスの集団は遺伝的には交流が絶たれた別集団と考えられる場合が多く、ミトコンドリアDNAの分析でも北アルプスの集団は祖先集団から分化したハプロタイプの集団が優先する地域となっているようだ。
 そういった研究の結果を踏まえ、分子遺伝学的な研究ではニホンライチョウは大きく分けて3集団あるようで、

 【 古い祖先集団が多く残る南アルプスの集団 】
 【 分化した系統が優先する北アルプスの集団 】
 【 かつて東北地方にいた火打山・焼山の集団 】

と、考えられているようである。 【 二万年の奇跡を生きた鳥 ライチョウ  中村浩志 著 より】 





富士山とライチョウ
ニホンライチョウ


 最後に南アルプスならではの写真。北アルプスに比べて少ない生息数である南アルプスで、今回は多くのライチョウに会うことができたのは幸運だった。メスの砂浴びの事について前述したが、そのとき近くにこのオスがいて、巣の見張り役としてハイマツに乗り 「 グルルラーーー、グルルラーーー 」 と唸っていた。それがちょうど富士山を背景にして撮影できるところだったので、逆光が強い中なんとか撮れた写真。これは南アルプスのライチョウでないと撮れない構図なので、非常に嬉しい写真だ。

 苦労して登山した甲斐があったなと思わせる、3年越しのリベンジが報われたようだった。重たい機材を装備して山登るのも、若いうちにしかできないもんだから、惨敗してもチャレンジできるうちはなんでもやってみるもんですね。




 そして高山帯で散々ライチョウたちに遊ばせてもらったので、帰りの最終バスまでのタイムリミットがかなり限られていた。時間がないというのに、実は結構な時間をかけて下山することになった。普通だったら登りのほうが時間がかかるので下りはスイスイ行けるはずなのだが、今回は軽アイゼンも装備していない状態で雪渓を下るので、これがとにかく厄介だった。
 登りはザクザクと踏みしめて足場を確保しながら歩けるが、下りはそれが難しくかつ重心が下に下にと向かうので、自然と滑るように下っていくことになる。そうならぬよう遠回りしながら直線的に下るのを避けるために、想定していた時間より遙かに時間がかかってしまった。それでいて前にチンタラしているおばはんハイカーがいたら、もう絶望的に歩みは遅くなる。どうにか雪渓を抜けたところで抜き去らないと、おばはん渋滞で最終バスに乗り遅れてしまうのだ。
 そんな苦難を乗り越えてなんとか最終バス発車の10分前に下山することができ、事なきを得たのであった。











 ということで3年越しのライチョウはとにかく素晴らしかったという話。実はこれを祝して飲みたいお酒があった。




フェイマスグラウス
フェイマスグラウス  THE FAMOUS GROUSE


 ラベルがかっこいいブレンデッドのスコッチウイスキー。2年前に酒屋さんで見つけて、飲みたいなぁと目星をつけていたスコッチ。しかし店で発見した当初はちょうどライチョウを見られなかった時期と重なっていたので、 『 ライチョウを見つけることができたら記念で買うことにしよう 』 と、決めてきた。そんな枷までつけての山行だったため、ライチョウを見られた喜びには、 “ あのスコッチが呑める ” という嬉しさも含まれていた。

 ラベルにはスコットランドの国鳥であるライチョウが描かれている。種類としてはカラフトライチョウL. lagopus の亜種であるアカライチョウL. l. scotica で、赤褐色の体が草原に映える美しいデザインだ。偶然にも亜種小名がスコッチカではないか。

 味はというと、安いウイスキーにありがちな、トゲのあるアルコール臭さは感じさせない呑みやすい口当たり。甘さもふわりと感じられ、さっぱりとした後味なので水割りやハイボールにするよりも、ロックかストレートがおいしいかなと思う。
 この 【 THE FAMOUS GROUSE 】 はアカライチョウが描かれているが、このシリーズでは別の銘柄も出されており、スモーキーな香りの 【 SMOKY BLACK 】 にはクロライチョウTetrao tetrix が、冷凍庫でキンキンにしてウォッカのように飲むという 【 SNOW GROUSE 】 には日本に生息する種と同種のスコットランド亜種であるL. m. millaisi が描かれている素晴らしいラインナップ。もう生き物好きはつい手を出したくなるような素敵なウイスキーでございます。




スコッチとライチョウ


 帰宅してカメラデータをPCへと取り込んで、その写真を見ながらライチョウウイスキーで祝杯をあげる。自分に課した目標を達成して呑むお酒のうまいことよ。
 久々に生き物もお酒も満たせて大満足である。








ライチョウ アップ
ニホンライチョウ


 さぁ、次はどの山の、どんな生き物を探しに旅に出ようか・・・



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