月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 爬虫類  

真っ暗闇を抜け出して

 ● 亜細亜の熱帯雨林、ボルネオの旅 ●
プロローグ. 暗黒大陸への渡航
1. 旅の終わりは、旅の始まり
2. エアアジアの激情
3. それぞれの乾杯で繋がる世界
4. 伏線のポッポヘジュセヨ
5. 森の人の恩返し
6. ジープが停まる理由
7. Monster Monkey Morning 
8. まるまるこのもり
9. 虎とか豹とか虎とか
10. 熱帯猿紀行
11. ジュラシック・リバー・クルーズ
12. クルーズ拒まず、サルを追う
13. 真っ暗闇に漕ぎ出して
14. 真っ暗闇を抜け出して
15. おはようボルネオ
16. 花束を君に
17. 支流の小径




 流域面積の広い河だと、遡っているのか下っているのかがわからなくなる。ましてやこの暗闇だ。河が自分の右から左に流れているのか、左から右に流れているのかさえわからない状況。そもそも河を横切っているだけかもしれない。それほどまでに河の流れる向きがわからない。
 唯一方向がわかる手立てといえば河岸に沿って進む事で 『 上流下流のどちらかには向かっているんだな 』 ってのがわかるくらい。そんな岸にライトを向けてみると、水面にキラリと光るモノが。




イリエワニ
イリエワニ Crocodylus porosus


 まさしくワニだ !! ついに来た、この水上に光る目玉。日本の自然下では見られないワニ目Crocodilia という分類群。こんな日が本当にやってくるとは。
 幼い頃の私にとっては憧れの生き物であり、しかし同時に図鑑やTVを通してだったり動物園でしか見られないような、自分には遠い存在の生き物だと思っていた。それが目の前の自然下に、自分と同じ空間に、生息しているだなんて、右頬をつねりたい気分だ。すぐさま幼少期の自分に伝えてあげたい 「 こいつらと自然下で対峙できる時がいつか来るぞ 」 と、 「 絵空事じゃなく現実にだぞ 」 と。

 ボルネオに生息するワニは個体数の多い本種ともう1種、マレーガビアルTomistoma schlegelii がいる。マレーガビアルは希少で今回は見られずだったが、いつかは見てみたい。あの特徴的な細長い吻部。
 インドガビアルGavialis gangeticus が属する本家 ( ? ) ガビアル科ではなく、クロコダイル科にしてあの形態。マレーガビアルは恐竜だとスピノサウルスSpinosaurus とかバリオニクスBaryonyx などの、魚食性スピノサウルス類のような印象があって個人的には好き。
 インドガビアルほど細長くなってしまうとどうにもそれらの恐竜に似ているようには見えず、どちらかというと魚竜のイクチオサウルスIchthyosaurus っぽいなぁとか思ったり。
 まぁとにかく見ていないワニの話はここら辺にして、目の前のイリエワニだ。



イリエワニ
イリエワニ


 ある程度こちらがボートで近づいていくと、逃げるようにして岸へと上がった。全身を露わにしたその姿を見てみると、ずいぶんと可愛らしいまだ成体とは言えないような小さな個体だった。よくTVや写真で見るワニは泥にまみれて全身がくすんで見えるのに対して、幼体や亜成体のワニは体表も綺麗だし、斑に入る模様も明瞭である。ヘビにしてもカメにしても、やはり小さいうちは色鮮やかで可愛らしいやつが多い。

 前日までの豪華な宿には土産物コーナーも併設されており、さすがは自然散策で稼いでいる宿なだけあって種々の図鑑が取り揃えられていた。各分類群の図鑑もあれば、ボルネオの生き物写真集だったり、文化史だったり、その書籍コーナーを物色しているだけでも幸せになれるくらいとにかく品揃えがよかったのだが、その中にワニについての本があった。
 タイトルは 【 Man - eating Crocodiles of Borneo 】、そう “ ボルネオの人喰いワニ ” だ。ページをめくってみると男が服を捲ってワニにやられた傷を見せていたり、巨大な人喰いワニが討伐されて吊るされていたりしている写真が載っていて、いかにイリエワニが危険な生き物なのかが淡々と綴られていた。
 そんな書籍をこのキナバタンガン河に来る前に読んでいたので、興奮半分、恐怖半分のままボートに乗っていた。ただ、いざ川面に漕ぎ出してみれば興奮ばかりの楽しいクルーズな上に、目の前のイリエワニは可愛らしく美しい。 『 きっとあの本に出て来た巨大人喰いワニってのは伝説やら伝承で語り継がれているような、幻に近い存在なんだろうな 』 なんて、鼻で笑いながら目の前の小さいイリエワニが草むらに消えていくのを見送った。


 しばらくボートは進み、マレーウオミミズクBubo ketupu など夜の生き物を堪能してナイトクルーズも折り返し地点。 「 いやぁ今晩はなかなかにエキサイトだったなぁ 」 なんて言葉を漏らしながら、遡っているんだか下っているんだか、とにかく来た向きとは180度反対側へとボートは進む。

 途中、ただでさえゆっくりなスピードだったはずのボートが、みるみる推進力を失っていく。 『 船長が何か見つけたにしては、やけに慎重すぎるなぁ・・・ 』

 ただ一点を見つめる船長の、手にするライトが指し示す光線の先を目で辿ってみると、水面に浮かぶ反射する光。






イリエワニ
イリエワニ


 「 で、でかすぎる ・・・ !? 」 ただ息を呑むばかりで言葉に詰まる。さっき見たイリエワニが亜成体だとか子供だとか、そんなの勘定に入れなくたって桁違いにデカいのが、水面にチラリと出ている頭部だけでも容易に想像ができる。ましてや観光用で何度とクルーズでボートを操っている船長のオヤジさえ、声には出さない緊張が見てとれた。
 ただその中に、わずかに興奮の色が見え隠れする。 『 あぁ、この人も “ こっち側 ” か。 』   「 Go , Go !! 」 と小声ではやし立て、そろりそろりと近づいてもらう。ヤツを刺激しないように、ヤツを怒らせないように。
 15mくらいまで寄れただろうか、そこに至るまでヤツは物怖じせずにじっと水面から顔を覗かせていたのだが、突然 「 トップンッ 」 と水中へと姿をくらました。



「 ヤバい、来るっ !!?? 」

 こんなちゃちなボートじゃ、あの巨体にかかれば即座に沈められるじゃないか。一瞬で最悪のシナリオが頭をよぎった。 【 Man - eating Crocodiles of Borneo 】 本のタイトルと被害男性の痛々しい傷跡が脳裏にフラッシュバックする。


 嫌な予感がしたのは外国人である我々だけではない、現地人の船長さえ 『 こりゃあいかん 』 と思ったに違いない。すぐさま取舵いっぱいでモーターはフルスロットル。瞬時にその場を離脱した。
 実際は自分たちが走って逃げているわけではないのに、なぜかハアハア息切れしているという緊張感。 「 こえーこえー 」 と言いながらもなぜかニヤつく私とルンチョロサン。
 少し離れたところから、さっきまでヤツがいた場所に目をやってみるとヤツはまた水面まで浮上しており、獲物に逃げられたからだろうか、どこか退屈そうに見えた。


 「 よっしゃ、もう一度アタックしよう 」  船長もアドレナリンが出ているようで断られることもなく、再びモーターを奮い立たせる。近くで、その大きさを、その危険性を、体感した上での再チャレンジは、無鉄砲だったファーストコンタクトとは違っていくらか弱腰だった。それでもヤツを刺激しないようギリギリのところまで近づいたが、想像以上に警戒の琴線が張られている範囲が広く、またもやヤツは水中に。


イリエワニ
イリエワニ


 ずぶりと潜っていくヤツの尾部上面に立ち並ぶ板状の鱗は、恐竜たちを彷彿させ、同時に私を興奮させてくれる。
 「 マズイ、近づきすぎたか ?! 」

 そう思う間もなくヤツが再浮上。どうやら襲うわけではなく逃げて行くようだ。そりゃそうだ、基本的に襲ってくる生き物ではなく、逃げる生き物。クマなんかと一緒で、よっぽどのことがない限りは向こうが去るスタンスだ。
 ただ “ [ 海外で初めてのナイトクルーズ ] + [ 巨大ワニ ] + [ 被害本 ] ” という組み合わせにより、脳内ムービーで勝手に急展開になってしまっただけで、普通に考えれば現実はそんなところ。すぐ近くに支流の合流地点があったため、本流を逃れて小さな支流へと遡っていく。



イリエワニ
イリエワニ


 水深もあまりないため、ヤツの巨大な後ろ姿が露わになる。熱帯魚屋なんかにも売られている南米原産のホテイアオイEichhornia crassipes が水上に浮かんでいるので、おおよその大きさは伝わると思うが、全長にして4mほどはあったであろう大物だった。長さというより太さに目がいき、幅広の胴部は自分がまるまる腹の中に収まるのを想像するに容易い。こんな巨大爬虫類と野生下で遭遇していたとは。
 這うとも泳ぐとも言えないような緩やかな動きで、浅い支流の奥へ奥へと進んでいく。その後ろ姿は、彼らの祖先が恐竜ひしめく時代を生き抜いた “ 風格 ” を感じさせた。ヤツにもディノスクスDeinosuchus の血がわずかにでも混じっているのだろうか。


 座礁してしまうため、これ以上支流を追いかけることは叶わなかったが、それでもあの巨体と遭遇できたことは私のこれまでのフィールド経験に無いもので、アドレナリンの分泌も凄かった。さすがは海外フィールド、日本では得られないものを得た。
 まさかここまでのワクワクとドキドキが待っているとは、乗船前には思いもよらなかっただけに、帰りのボート上で受ける夜風はこれまた心地好いものだった。



 最高に楽しいナイトクルーズを終え、宿に着岸。なんとか無事に真っ暗闇から脱出することができたようだ。船長のオヤジと握手を交わし別れを告げると、どうやら彼らはここからが本番らしい。現地スタッフ2名が長い釣り竿を持って、我々と入れ替わりでボートに乗り込んだ。
 というのも仕事後にプライベートで夜釣りをするようで、船長も嬉しそうに煙草をくわえ出した。なるほど、良い生活だな。仕事と遊び、どちらもこの雄大な大河に育まれているわけか。






 宿に戻ったら、すぐさま生き物探し。というのも乗船寸前まで、宿の外壁についているヤモリを追いかけていて、待ち合わせ時間のためタイムオーバーに。その続きがあるので、さっそく壁虎探し。



フタホシヤモリ
フタホシヤモリ Gekko monarchus


 素敵Gekko が壁にたくさんついている。こちらの宿周辺の外壁は彼らが優先種のようで最も目にしたヤモリだ。ダナンバレーの森で泊まった宿ではホオグロヤモリHemidactylus frenatus やヒラオヤモリCosymbotus platyurus などの、典型的なハウスゲッコーが幅を利かせていたのだが、こちらではこいつらに蹴散らされるように隅でチラッと見かける程度であった。

 ホオグロヤモリやヒラオヤモリなどは頭胴長にして70mm弱とニホンヤモリGe. japonicus と同程度の大きさだが、このフタホシヤモリは一回り大きく100mm程はある。そのため力関係としてはやはり、体サイズが大きい方に分があるのだろう、蛍光灯下の絶好のポイントはこいつらが支配していた。
 英名でも warty house gecko と “ ハウス ” がついているので人家で比較的見られるヤモリのようだ。また warty ( イボ ) の名の通り、大型鱗が大きく突出しているため、ザラザラとゴツイ体表をしていていかにも強そうな風貌である。体色も明るいスポットが入ったり、背面中央の暗色班が二分されて尾部の中ほどまで続く模様だったり、日本で見られるGekko 属とは少し異なる様相であった。

 そんな彼らを渡り廊下で観察していると、頭上のトタン屋根から 「 カン、カン、カン、カカカ 」 と、ドングリでも落っこちて跳ねているかのような音が何度か聞こえてくる。ルンチョロサンとは 「 ネズミでも駆けてるのかねぇ ? 」 なんて話もしていたり。
 初めのうちは別段気にしていなかったのだが、風も弱く何かが結実して落ちているようでもなく、それもだいたい同じ位置からその音が聞こえてくるのが徐々に気になってくる。

「カン、カン、カン、カカカ 」   「 カン、カン、カン、カカカ 」
 フタホシヤモリと戯れながらも耳に入ってくるこの音に耳をすませてみると、なんだかトタンを叩くような音ではない気がする。

「 カン、カン、カン、カカカ 」   「 カン、カン、カン、カカカ 」
 不審に思って音の出どころを探ってみると、衝撃の正体が明らかになる。




スミスヤモリ
スミスヤモリ Ge. smithii


 まさかの憧れ、スミスヤモリとのご対面 !! あの音の主はスミスの鳴き声だった。
 Gekko 属の大型種にして、美麗種。その翡翠のような眼に魅了される人も少なくない。

 本種の頭胴長が190mmと記載されている図鑑もあり、あのアジアの巨大ヤモリで名高いトッケイヤモリGe. gecko ( 頭胴長185mm ) を凌ぐ大きさとも言われている。私が今回見たのは頭胴長150mmほどで、フタホシヤモリでも 「 おぉデカいなぁ 」 と思っていただけに、それより二回りほども大きいこのスミスヤモリの存在感たるや。
 彼らが縄張りとしている付近の壁には、それまで随所で見られた中ボス的なフタホシヤモリはおらず、堂々たるこのスミスヤモリが王者の風格を持って支配している。まさに大ボス的存在。


 力関係で言えば、 【 スミス > フタホシ > ヒラオ 】 の図式が成り立っている。だからと言ってスミスが一番個体数が多いのかというとそういうわけではなく、フタホシが随所に幅を利かせて最も数が多く、それに押されてヒラオやホオグロが隅っこで細々と餌にありつく。そして虫たちの誘引性が高いような絶好のポイントには、フタホシを蹴散らしてスミスが堂々と陣取るという勢力図だ。
 ただそのスミスは敵なしかというと、そうではない。 “ スミスの敵はスミス ” である。写真のように再生尾の個体が多く、いたるところで見られるというわけではないことから、種内競争が激しいことが窺える。

 そういった相関図が散策している内に見えてくるのが面白く、日本では環境毎にある程度分かれて生息するため、複数種が入り乱れて混在するこの状態は、新たなヤモリ観察の楽しみだなと気づかされた。




スミスヤモリ
スミスヤモリ


 なんと言っても魅力はこの美しき翡翠眼である。以前、大学の卒業旅行でタイを訪れた際、もしかしたらスミスヤモリかテイラーヤモリGe. taylori を見たかもしれないが、あまりに遠く視認できなかったため、泣く泣く帰国した記事を書いたが、ついに念願の緑眼を拝むことができたのだ。この調子でGe. verreauxiGe. siamensis など、他の緑眼のヤモリたちを見られる機会に期待したい。
 また、綺麗なのは眼ばかりではなく、体表に纏っているホワイトスポットも暗がりで見ると結構目立つ。




スミスヤモリ
スミスヤモリ


 別の場所では幼体も見られた。こちらは種内競争の波にさらされる前で尾は完全尾であるし、幼体特有の発色の良さからホワイトスポットも鮮やかでよく目立つ。
 ただチビでもちゃんと緑眼を持ち合わせてはいるのだが、まだまだ色濃さというか深みが足りない。きっと他の個体との死線を乗り越え、巨大化の末に行き着く支配者の業の深さこそが、彼らの瞳を一層深くさせるのだろう。




 そんなヤモリたちの勢力争いを見ながら改めて今晩の出会いを振り返ると、河でも陸でも、とにかく大物に遭遇できたアツい夜だった。もちろん見た目で海外の生き物は突飛であることが多く、それだけでも楽しめることも多いが、やはりワニにやられそうになる恐怖を感じたり、種々のヤモリが混戦している状況を見てきたりするのは、図鑑を眺めているだけでは得難いモノがあると思う。
やはり何にしても現地でその生き物と出会い、どういう暮らしぶりをしているのかを見るというのは、生き物探しの醍醐味だなと改めて感じさせられた。
 またそこで得た情報からいろいろ空想して、少しずつ少しずつその生き物について知っていくことが楽しいんだろうな。



 激動のフィールディングを終え部屋に戻ってベッドに入る。ヘロヘロだったのでいつもだったらすぐに爆睡だったはずだが、今晩はまだ自分の鼓動が聞こえて眠れない。

 「 ドックン、ドックン、ドックン、 」

 するとその鼓動を遮るように、
 「 カン、カン、カン、カカカ 」

 きっとどこかの闇夜に翡翠眼が煌めいているのだろう。


スミスヤモリ
スミスヤモリ




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