月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 爬虫類  

モノクロームの鎮魂歌

~ 麗しの島、台湾の旅 ~
1. 小汚いバックパッカーとダーティー兄ちゃん
2. トカゲたちの異なる境界線
3. 極彩色 Richly colored
4. 翡翠の純心
5. 蝦蟇が来たりて、夜は更ける
6. 翡翠の邪心
7. 谷を渡って飾り付け
8. 木登り蜥蜴の陰と陽
9. 至高のグルメ
10. 色とりどりの花咲き誇る
11. 斑蛇の明と暗
12. 既視感のオアシス
13. 蓮池や 咲いては消える 亀の華
14. 鼻先蛙は蛇の気配
15. モノクロームの鎮魂歌
16. 最終夜の晩餐
17. 老人と湯



 タイワンオオガシラBoiga kraepelini なんていう大陸系のヘビを見られただけでも 『 良い夜だったわ 』 と感想を洩らすには十分すぎる最終夜。彼らの夜に順応した鋭い猫目と、一抹の不安を持たせる後牙が、程よい距離感になって遊ばせてくれた。
 ただ、この夜は雨後でスウィンホーハナサキガエルOdorrana swinhoana がフィーバーしているコンディション。ともすればタイワンオオガシラだけに留まらないのは、これまでの経験則から明らかであった。

 最初のタイワンオオガシラを見つけた時からさかのぼること数時間前。夜の山道を車で巡っていると、濡れた路面にバンド模様を持つヘビを車内から認めた。 『 きっとまたアカマダラDinodon rufozonatum rufozonatum だろう 』 なんて話していたが、個人的には一瞬ではあったがアカマダラの紅色を感じられなかったので、自分の眼で確認するまでは断定できなかった。

 車からの発見はとにかく確認である。それが木の枝だろうがゴムチューブだろうが、怪しいと思ったら戻ってしっかり確認する必要がある。経験を積んでもやはり車内からの視認は一瞬なので正確ではなく、案外見過ごしや思い込みも多いので、確実に全容を確かめるまでは断定できない。
 今回もその例に漏れず、だが嬉しい方向に好転した。




タイワンバイカダ
タイワンバイカダ Lycodon ruhstrati ruhstrati


 バイカダである。バンド模様はバンド模様であったが、アカマダラとは似て非なるもの。
 車から降り、路面を這う白黒バンドの蛇に一瞬ギョッとしたが、バイカダであることがわかると安堵して掴みかかる。

 亜種関係にある先島諸島のサキシマバイカダL. r. multifasciatus が結構な宇宙人顔なのに対して、タイワンバイカダは割と端整な顔立ちである。むしろ近縁な属にいるシロマダラDi. orientale の方が、見た目の印象は近いものを感じる。





白黒斑比較
左からシロマダラ、タイワンバイカダ、サキシマバイカダ


 比べてみようと似たようなアングルの写真を並べてみたが、こう見るとシロマダラもそれほど似ていない。眼の雰囲気はどれも似ていないし、印象としてはバラバラ。まぁシロマダラはまだ幼体だし、条件はそこまで揃っていないわけだけど。
 ただ鼻孔の形や吻端板のへこみを見ると、確かにタイワンバイカダとサキシマバイカダが近いヘビだというのが窺い知れる。そしてマダラヘビの眼はチャーミングにアホっぽいなぁとも。どことなくこの眼はメジロザメCarcharhinus plumbeus のそれに似ていて、どこか焦点の合わないような虚ろな眼の中に、静かな狂気を秘めているようなそんな眼。
 こう並べてみるとタイワンバイカダが最も落ち着いた眼をしている印象。




タイワンバイカダ
タイワンバイカダ


 バンドの入り方ももちろんサキシマバイカダに似ているのだが、あちらに比べて頸部が細くならずにマダラヘビくらいの太さを持っているので、こうやって後ろや上からタイワンバイカダを見てみると、どうにも私の知る “ バイカダ像 ” とは異なっている。ただタイワンバイカダも成体と言うよりかはまだまだ頭部の白斑が残るお子様なので、もうちょっと成長すれば頸部が細くなりそうだ。図鑑を見る限りではそんな印象。顔つきは成体になっても宇宙人顔にはならず端整な顔立ちなので結構なイケメン蛇である。
 別亜種というよりも別種を見ているような感覚なので、キグチキノボリトカゲJapalura polygonata xanthostoma を 「 あぁ、こりゃあリュウキュウキノボリトカゲJ. polygonata の一亜種だねぇ 」 というような感覚で見ているのとは違って、とても新鮮な気持ちで観察できたのは嬉しいかぎり。



 雨に誘われて出てきたカエルを食べに来ているわけではないと思うが、なぜかこういう雨後というのはヘビを見やすい。タイワンバイカダの場合はカエルというよりかは、まだタカチホヘビ類Achalinus やナガヒメヘビCalamaria pavimentata を狙っているならなんとなくありそうだけど、実際どうなんだろうか。それ見たさにしごいて、貴重なヘビとのご対面ってのもなんだか切ないが。何にしても嬉しい出会いだった。
 動きとしてはサキシマバイカダのようにひょろひょろと予測しにくい動きをするのに対して、タイワンバイカダはマダラヘビのように予測通りの分かりやすい動きをする。さほど地面での活動が不慣れな印象は受けず、ヘビっぽいヘビだった。



 そしてこのタイワンバイカダとの出会いがまるで布石であったかのように、突如として我々の目の前に大本命の白黒バンドのヘビがおいでなすった。










タイワンアマガサ
タイワンアマガサヘビ Bungarus multicinctus multicinctus


 ついにあのアマガサヘビが現れたのだ。わずか数 mg で死に至るほどの毒を持つ、あのブンガルスに。
現地の人が恐れているあの毒蛇に。



 冒頭で車からの視認性について 『 確認 ・ 確認 』 と再三書いたが、今回見つけたアマガサヘビに至っては別格。注意していたというのもあるが、あの白黒バンドで背面中央部が盛り上がる特徴的な三角形の体躯は、見紛うことなき恐れていた、そして待ち望んでいた毒蛇のそれであった。
 車内から見つけた両爬屋である、Fくんと私の両名が 『 アレは絶対アマガサ !! 』 と興奮を抑えられず各々が奇声に近い歓声をあげ、原住民が槍を片手に狩りに繰り出すが如く、それぞれスネークフックを手にして車外へと飛び出したのも、アマガサヘビだからそうさせるのだろう。


 目の前にして湧き上がる感情は、恐怖と歓喜、焦燥と安堵、冷静と情熱。体の状態としても、冷や汗を垂らしながらも、モクモクと興奮で湯気が沸き立つという、相反するモノのが不均衡に混在する夢の中の自分のような不思議な感覚。





タイワンアマガサ
タイワンアマガサヘビ


 強い毒を持つからか動きは非常に緩慢で、写真を撮ろうにもユルユル動いて一向に止まらないので、撮影には難儀した。このヘビを美しく撮っておられる方の技量にはただただ頭が下がるばかりだ。頭をガシっと押さえて丸めて撮りたいくらいだったが、強毒種相手にはなかなか手が出ない。
 ヒャンSinomicrurus japonicus japonicus の時も思ったが、クサリヘビのように咬蛇姿勢をとってくれれば画になるのだが、コブラ類は難しい。



 場所としては民宿に隣接する空きスペースで、近くには大きな川が流れる比較的湿ったところ。ちょうど奥の川側にあるイネ科草本の隙間から這い出てきたような出会い方だった。
 我々に弄られている最中も特別焦るようでもなく、 「 こちらには猛毒があるのだぞ 」 と言わんばかりの余裕だった。咬まれてしまったら筋肉が動かせなくなり、呼吸困難に陥るブンガロトキシンの持ち主。アマガサヘビの種類によっては2, 3 mg で死に至るとも。 wiki によればこれを針の先端につけて刺すだけでも大人を死に至らしめるとか、恐ろしい記述があった。
 これじゃあまるで 『 0.1 mg でクジラとか動けなくする薬なんだけど 』 的なヤツではないか。


 そんな恐ろしい毒を持つ生き物が人々の生活圏内で何気なく這っている。現地の人々にとっては怖くて仕方がないだろう。
とてもじゃないが、自分はそんなところで暮らしていける気がしない。だが事実、そこで現に暮らしている人がいるわけで、その人たちにも会っているわけだ。
 このアマガサヘビに出会えたのは嬉しかったのだが、実はこの時、私の胸の中にはモヤモヤとしたものがあった。それはこのヘビを見つけた際、我々がワイワイと撮影していると近隣の住人が声に気が付いて様子を窺いに来たのだ。
 おばさんは遠巻きに私たちが囲んでいる “ モノ ” を認めると、一瞬にして顔色が曇り、 「 “ それ ” をどこか遠くに逃がしなさい 」 と言うような中国語と手で払うジャエスチャーで、彼女は拒絶の意を示した。
  「 この料理ウマイね 」 とか 「 親切にしてくれてどうもありがとう 」 というニュアンスが、言葉が通じなくても理解できるのはとても嬉しい事だし、この旅で意思疎通の重要性をより実感していた。しかし今回の一件も、 『 言葉が通じなくても理解できる 』 というのは同じだが、喜びの共有ではなく悲しみの共有だったので、言葉で言われるよりもツライ思いをしてしまった。
 なにより我々が彼女の意向に沿わず、 「 もうちょっとだけ撮らせて 」 と “ そいつ ” を逃がそうとせず、いっそう彼女の機嫌を損ねてしまったので、初めにあった 【 拒絶 】 という感情よりも我々に対する 【 憎しみ 】 が増していったように思えた。


 親切心もあったのかもしれない。それを無下にして撮影している私たちをしばらく監視するように睨み、時折手を払う動きを見せた。
 いつまで経っても 「 もうちょっと 」 が終わらないのに呆れ、家に帰って行ってしまったが、最後まで彼女の負の感情はその場を支配していた。なんだか本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 ようやく目当てのヘビが出ていて興奮していたのだけれども、全然客観的に物事を考えられず軽率な行動だったと今更ながらに反省。私も良い大人だというのに文化的な配慮がまったく足りなかったなぁと後悔している。

 その土地の人からしたら “ あれ ” はきっとイヤなもの。自分が眠る床の下にいるのではないかと考えれば、それこそ夜も寝られないような恐ろしいもの。
 これは日本に帰っても言えることだが、 「 自分が大丈夫だからいいじゃん 」 という主観的な考えだけでなく、周りの人がそれを見てどう感じるかを配慮できる客観的な視野も必要である。ただでさえ少数のマイナーな趣味であるため誤解も生じやすく、分母の小さいものの1人というのは影響力が必然的に大きくなってしまう。だからこそ、同胞の方々の印象を悪くしないためにも他人や文化への配慮は大切であると気づかされた。
 もちろん生き物の話だけではない。マイノリティーな趣味には当てはまるものだと思う。そしてマイノリティーにはどこか、 『 わかる人にはわかる 』 という “ 驕り ” があるので、配慮から遠くなる傾向にあるように思える。
 だから少しでも他人に迷惑をかけずに、なおかつ自分が楽しめる最大公約数的なものを追い求めるべきだなぁと、今回の旅で生き物観察のスタイルを見直す良いきっかけになった。




 とにかく色々書いたが、この一件でとても後悔してしまったので、これからは慎ましく生き物やりますよっていう話です。話は戻ってアマガサヘビ。おばさんが遠巻きに見ても毒蛇と認識できるヘビ。
 「 ブンガルスとリコドンの違いは ~ 」 という知識がなくとも、それが毒蛇だと判断する理由は 【 白黒バンドのヘビ = 危険 】 という認識があるからだろう。日本でいうところの 【 頭が三角形のヘビは毒蛇 】 みたいなもんで。

 それがタイワンアマガサだろうがタイワンバイカダだろうが、白黒のヘビは危険。
 ニホンマムシだろうがシマヘビだろうが、頭が三角のヘビは危険。

 とりあえず誤認があったとしても逃げられるわけだし、毒にやられる時はいつもその特徴のヘビなので、サイエンスは抜きにしてあながちその考え方が実生活では役に立つのだ。そういう意味では、タイワンバイカダを含むオオカミヘビのアマガサヘビへのベイツ型擬態も功を奏しているように思える。私がタイワンバイカダを見て一瞬ぎょっとしたのもそういうわけである。
 ただ知識を持って出くわせば、それが毒蛇か否かを判断することができるのだ。


 それでも危ないのが颯爽と草むらに逃げ込む白黒のヘビを野生下で見つけた時である。水槽に入れて 「 さぁこれはどちらでしょう 」 とじっくり見比べるなら容易いが、捕まえなきゃいけないし、きちんと同定しなければならないしで、早い判断力いわゆる “ 思考の瞬発力 ” が重要になってくる。 『 いかに対処するか 』 をすばやく幾通りも考え取捨選択し、適切な対処法を実行に移すまでの刹那が成果を左右すると言っても過言ではない。台湾でいえばその白黒のヘビがアマガサヘビなのかバイカダなのかを瞬時に判断しなければならないということ。それを実践できたのでドキドキの反面、良い訓練になったなとも思う。外の世界はこんな魅惑と危険が隣り合わせなのである。


 同日に強毒種と擬態種を見られる素晴らしい夜だった。その後も夜の台湾を無我夢中で巡った。狙い目だったヒャッポダDeinagkistrodon acutus の姿はついぞ拝むことはなく、朝を迎えることとなったが、それでも様々な生き物に会えたので興奮が冷める時がなかった。
 そうして台湾の旅最後の夜は雨上がりの土の匂いを残したまま明けていった。



烏来の川沿い






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