月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 両生類  

水と共に生きる

ダム
ダム湖


 奈良はまるでダムの国だ。雨の多い紀伊半島の中央に位置し、いくつもの名滝を有している。その豊富な水がダム湖へと注ぎ込まれ、人々の生活を豊かにしているのだ。国道はダムや河川に沿って走っていて、そのダム環境に沿って人々の暮らしがある。山道沿いに何か所もある名水の汲み場では地元の人がたくさんタンクに汲んでいる姿をよく見かけた。昼メシで入ったお好み焼き屋でもそういった名水は振舞われ、一口飲めばソースとマヨネーズでコテコテな口の中が一瞬でスッキリとリセットされた。


滝


 この豊富な水量に支えられて、多くの生き物たちが育まれている。山も深く、多くのダム、渓谷、滝、沢などの水環境を作り出しているため、目星をつけたフィールド間の移動には時間がかかるのだが、それに見合うほどの自然がそこにはあった。山自体はスギの植林が多く、もう1, 2 ヶ月早く訪れていたら、私の鼻からも名滝が見られたであろう。しかし、コケ・シダがとても豊富なので、そこらへんの知識があればもっと楽しめたのになぁと後悔するほど。



滝





 そしてその豊かな水源の下、ナガレヒキガエルBufo torrenticola に会う手筈だった。そう “ だった ” 。結局会えず仕舞いではあったのだが、もちろんせっかくの三連休なので他の両棲類・爬虫類もみたいわけで、時期から奈良を選んだのには実はもうひとつの目論みがあった。ただそれはナガレヒキを見つけた後の余力で、運良く見られればラッキーだなと思っていた程度だったのだが、夜ナガレヒキが産卵に来るであろう沢のよどみを探して、いたるところの沢を登っていたおかげだろう、今回はむしろそちらを見つける事となった。


 前回の記事の写真やナガレヒキ探しで沢に登っている点で、お気づきの方も多いだろう。そして何より皆様はこの辺境なブログを覗きに来てくれているという変わり者なわけだから、「いつまでも勿体ぶるなよ、だいたいわかるよ。」とさえ思っていらっしゃるかもしれない。
 そうです、サンショウウオです。沢の登っている最中に偶然水中にいるのを発見したのです。









オオダイガハラサンショウウオ
オオダイガハラサンショウウオ Hynobius boulengeri


 この青紫に艶めく体躯がゆっくりと水中を歩いているのを目にした時は、頭の片隅に出会える可能性を置いておいたはずなのにまったく思考が追いつかず、しばらく呆然と動けなかった。このように偶然素敵な生き物に会うと、時が止まるとは言わないが、 『 無音の空間でその対象物から目をそらせない 』 不思議な瞬間が存在する。
 私が初めてヒダサンショウウオH. kimurae の成体を見た時も、石を起こして発見したのではなく、偶然水中を移動しているところに出会ったのだ。まさにあの時と同じ状況で、やはりあの時も無音の世界でサンショウウオを見つめていた。
 ふと我に返り現実の時の流れに戻ってくると、袖をまくるのも忘れて水中へと手を差し伸べている自分がいた。




オオダイガハラサンショウウオ
オオダイガハラサンショウウオ


 驚くべきはやはりその大きさだ。トウキョウサンショウウオH. tokyoensis やヒダサンショウウオでも全長が15cm前後の大きさなのに対して、本種は20cmにも達する大型のサンショウウオでオオサンショウウオAndrias japonicus を除く小型サンショウウオ類では国内最大種である。ハコネサンショウウオ類Onychodactylus も全長でいえば大きいのだが、非常に華奢な体躯のためオオダイガハラの重厚感を前にすると霞んでしまう。なのでパッと見の大きさだけで明らかに他のサンショウウオと異なる上、斑紋なども持たない妖しい青紫の体色は他のどのサンショウウオにもない艶めきがある。
 本種の分布はこれまで紀伊半島、四国、九州という少し変わった場所で、中央構造線に沿って分布しているなんて言われていた。調べてみると植物はそのような分布をする種が多く、中央構造線以南・フォッサマグナ以西の範囲に生息する共通性を “ 襲速紀 ( そはやき ) 要素 ” と呼ぶらしい。

襲速紀とは、

襲 ( そ ) :熊襲 ( くまそ ) 【 九州南部 】
速 ( はや ) :速水瀬戸 ( はやすいのせと ) 【 豊後水道 九州-四国間の水道 】
紀 ( き ) :紀伊 ( きい ) 【 紀伊半島 】

という3つの地域から一文字ずつとったものでちょっと耳慣れない組み合わせだが、意味がわかると使いたくなってしまうような不思議な言葉。植物だとシコクスミレViola shikokiana やハガクレツリフネImpatiens hypophylla などがこの襲速紀要素にあたり、このような分布をする植物は多いようである。
 そして本題に戻るが、オオダイガハラサンショウウオもこの襲速紀要素の動物であるというのが、私の大学時代に言われていたことであった。各地域で分化している小型サンショウウオ類の分布は生物地理を理解する上では重要な要素で、オオダイガハラサンショウウオが襲速紀要素の地域に生息しているということから、これらの地域は現代の日本地図とは異なり陸続きだったことを示唆している。
 その3地域 ( 九州・四国・紀伊半島 ) に生息するオオダイガハラサンショウウオが、2010年に四国の個体群がイシヅチサンショウウオH. hirosei として分離され、去年2014年には九州の個体群が祖母山系・天草諸島・大隅半島の地域でそれぞれ、ソボサンショウウオH. shinichisatoi ・アマクササンショウウオH. amakusaensis ・オオスミサンショウウオH. osumiensis の3種に分割されたのだ。近年のハコネサンショウウオの分割もあって日本の小型サンショウウオ類の種数が非常に増えた中で、その分類を追いかけるのに必死である。

表
オオダイガハラサンショウウオ種群



 一昔前ではオオダイガハラサンショウウオは襲速紀要素の広域分布種を指していた和名であったが、昨今 ( 2015年5月現在 ) では紀伊半島の個体群のみを指す狭義の意味で使われる。つまり今回見つけたサンショウウオもこの狭義のオオダイガハラサンショウウオである。
 ただ記載論文で示される内容では九州グループはイシヅチやオオダイガハラ ( 狭義 ) よりもベッコウサンショウウオH. stejnegeri に近いという結果らしく、オオダイガハラ種群そのものの分類学的な位置づけが私の中でイマイチわからなくなっている。もう少し勉強しないとアカンなぁ。




 奈良県の川上村、吉野川水系のオオダイガハラサンショウウオについては県指定の天然記念物となっているのだが、私が見つけたところは熊野川水系であったので、特に保護されているというわけではなかった。ただ本当はそれこそ天然記念物に指定されている大台ケ原周辺を、安直な私はまず今回の旅で目指した。登山道にもナガレヒキが現れるのを見ている人もいるし、何より大蛇嵓という展望地で景色を眺めたかったのだ。生き物探しももちろんなのだが、やはりせっかくの旅なのだから少しくらい余裕を持ってトレッキングして、雄大な景色を眺めながら缶コーヒーでも飲みたかった。
 ただし、無計画で直感的に旅をスタートさせたため、まだ大台ケ原の登山道は閉鎖されているという情報を私が入手できていなかった。実際にダム沿いに車を走らせ、 「 いざ大台ケ原 ! ! 」 っていう分岐の道路には閉ざされた堅牢なゲートが立ち尽くし、そこには 【 冬季閉鎖 】 の文字が。国立公園だけでなく、そこに通じる国道さえ閉鎖されており、しかも開放になるのが訪れた日の1週間後だったので、非常に悔しい思いをした。ニアピンじゃねえか。そんなわけで別の水系へとフラフラ出掛け、なんとか見つけた次第である。





オオダイガハラサンショウウオ
オオダイガハラサンショウウオ


 今回見つけた個体には頭に大きな傷があったのだが、もしかしたら同種間での争いが激しいのかもしれない。 ( オオダイガハラの写真1枚目を参照 ) そう思わせるのはこの個体の気性だ。今まで出会ったサンショウウオであれば捕まえようとした時には必死に逃げようとするのが普通であったが、オオダイガハラのこの個体に関してはある程度掴んでいると体をくねらせて私の手に噛みついてくるのだ。
 また、ヘビの成熟しきった個体の頭部が大きく分厚くなるように、彼らの頭も大きく、下顎の付け根から首にかけてボテっと筋肉がついており、噛む力が強いことが窺える。 ( オオダイガハラの写真2枚目を参照 )
 そんな強そうな個体でさえ傷を負っているのを考えると、彼らはそれなりに激戦を繰り広げているのではないかと思う。


 あと、種間闘争が激しいのかどうかはわからないにしても、噛む力が強いのはきっとそうなのだろう。話によると彼らはずいぶんと大きいシーボルトミミズPheretima sieboldi をも食らうらしい。
 小さい頃にミミズをトングで捕まえる遊びをしていたのでわかるのだが、ミミズというのは案外力が強く、地中から引っこ抜くには子供ながらも苦労したのを覚えている。もちろん地面にボテっと落ちていればなんてことないが、ヤツらはどこかに身体が潜っていれば恐るべきパワーを秘めているのだ。そんなヤツらを食うのなら、顎の力も当然必要であるし、同時に引っ張る全身の力強さも兼ね備えていなくてはならない。
 そう考えると、オオダイガハラは想像以上にパワフルなサンショウウオなのかもしれない。以前はPachypalaminus 属に分類されたこともあるように、どこかHynobius 属と違った見方をしてしまう。まぁそれはイメージからなんだろうけど。




 今回の奈良の旅ではナガレヒキに出会えず、成功とは言い難いものの、オオダイガハラという素敵な生き物の知られざる一面を垣間見ることができたので良い旅だった。理想はやはり、 『 大蛇嵓の展望 』 に 『 ナガレヒキの繁殖池の発見 』 なので、またこの奈良に行くとしよう。
 奈良行きの夜行バスも時間帯的にはすごく予定が合わせやすいので、あとはシート前後の客次第だろう。 「 いま、ふたたびの奈良へ。 」 となるように、今度は事前準備をしっかりして向かうことにする、というよりしなければならないな。






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