月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 両生類  

ひとしずくの生存者たち



 花粉吹き荒れる啓蟄。虫たちの這い出てくるこの季節に、鼻水が湧水のようにこんこんと垂れてくるのをティッシュを詰めて抑えながら早春の里山を歩く。私が探す虫は山椒魚。彼らとの思い出にはいつも鼻をグズグズさせた私がいて、今年も例年通りティッシュが手放せないようだ。


 初めに見た産卵数の多いお決まりのポイントを除いて、彼らが産卵しそうな場所にはほとんど卵囊は見当たらなかった。あるのは発生が進んでオタマジャクシが出てきたりもしているアカガエルRana の卵塊くらい。お決まりのポイントでは小さい場所ながら20対以上もの卵囊があったので、時期としては産卵していてもおかしくないはずだが、ほとんど見られなかったのはなぜだろうか。
 不安に駆られながらも産卵池を巡って行く。すると少し山に分け入った杉の倒木に、なんだか嫌な黒い塊を見つけた。


アカガエルの卵塊
アカガエルの卵塊


 アカガエルの卵塊だ。彼らは水中で産卵する生き物なので、こんな乾燥する倒木に産むはずがない。そもそも水中で吸水してこのゼラチン質が形成されるのだから、これがこんなところにあるというのは、 “ 誰か ” がここに移動させているはずだ。
 果たして誰なのか。

タチの悪い人間が遊び半分ですくってきた卵塊をここに打ち捨てたのだろうか。
カラスCorvus が持ち去って食い散らかしたのだろうか。
それともこの里山での被害が大きいアライグマProcyon lotor が興味本位ですくって放置したのか。



アカガエルの卵塊


 環境としては山間を流れる小さな沢の上に架かる橋渡し的な倒木の上だ。思いつく図としては、ここを移動経路として利用するやつが、帰り際にイタズラで持ち帰った卵塊を弄ぶようなイメージ。縞々の尾を持つ輩を想像させる。
 もちろんそれを目撃したわけでもなく、物証があるわけでもないので、そやつを犯人だと決め付けるには些か早合点かもしれないが、どうにも嫌な想像をさせる。


アカガエルの卵塊
アカガエルの卵塊


 大半の卵は乾燥により黒ずんで死滅しているように見受けられたが、こぼれ落ちそうな先端のいくつかの卵には、水分が流れて集まってきたのか、まだ透き通った状態のものがあった。そして下には冒頭で説明したように小さな沢が流れていて、それが元の産卵池に注ぎ込んでいるので、うまく雨が降って流れ落ちればなんとか生き残れるのではないだろうか。
 この “ ひとしずくの生存者たち ” の幸運を祈りたい。




 嫌なモヤモヤを抱えて残る産卵池に向かって歩を進めると、また見たくないものを見つけてしまった。



トウキョウサンショウウオ死体
トウキョウサンショウウオ Hynobius tokyoensis  の死体


 次の被害者は探していた山椒魚の番だった。まさかこんな形での再開になるとは。なんだか胸が痛くなる。それも四肢をもがれて尾は欠けて、内臓まで引きずり出されて死んでいるだなんて。誰がこんな惨いことを。
 思い当たる節がないわけではない。こんな残酷なやり方はアイツのやり口によく似ている。食糧を求めて水際にやってきて、探るように両の前足で水底をあさる。何かに当たればとりあえず口に入れてみて、適当に噛みしめ、口に合わなければそのまま打ち捨てる。その動作が何かを洗うように見えることからついたあの名前が脳裏をよぎる。ヤツのやり口で無惨にも命を落としたカエルやサンショウウオの写真を見たことがあるが、それらの死体と非常に酷似する。
 この連続殺害もまさかアイツの仕業なのだろうか。




トウキョウサンショウウオ卵囊
トウキョウサンショウウオの卵囊


 魔の手にかからず、わずかに残された次世代の卵たち。少ない水量の沢の水が、ゆっくりと流れるところに産みつけられていた。あまり産みに来そうなところではないので卵囊の数は少ないが、あまりにも他の場所で卵囊を見かけなかったのでありがたみを感じる。なんとかひそかに生き残るしかないんだろう、それで命を繋いでいくしか。
 この時期の弱い日差しが暖かく包み込む、なんとも美しい光景だった。




トウキョウサンショウウオ
トウキョウサンショウウオ


 田んぼの脇を流れる水路にまだ成体が残っていた。これから山へと帰るのだろう。卵を産むだけが産卵ではない。ちゃんと山に帰るまでが産卵なのだ。
 彼は水路にあった丸太の裏で卵囊に寄り添っているところを見つけた。手に取ると本当に魚のように体をくねらせ、活きの良い姿を見せる。そういえば3年前はこの魚の如き活きの良さで、落ち葉の下に潜り込まれて逃げられた記憶があった。今回もその二の舞で泥の中にぐんぐん潜って行かれて逃げられるところだった。ただ今回は再発見の後、写真を撮ることもできたので満足だった。
 そして彼もまだ帰り道という試練が残っている。無事に戻れることを祈りたい。



 それにしても今回はあまりに卵囊を見かけなかった。背景に何が起こっているかは想像するしかないが、非常に危なっかしい事態になっているように思える。
 少ない卵からなんとか出てきた幼生たちも、みんながみんな成体になれるわけではない。その中のほんの一握りだけが大人になれるのだ。そんな彼らもまた、 “ ひとしずくの生存者たち ” なのである。
 その過酷な生存競争の中で、なんとか生き延び私の目の前に現れたのだから本当にありがたいと思わなくては。


 ようやく春が近づいてきました。虫たちが這い出るこの啓蟄、今年も色々な生き物たちに出会えることを期待したい。












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Comments
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自分も倒木にべちゃってなっているのを見たころがあります
これはいったいどういう経緯でなったのか気になります
カメラ壊れててまだトウキョウは見にいけてないのですが良いですね!
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>> カケガエルさん

まぁおおよその予想ってのはあるわけだけどね。
カメラ待ってたらサンショウウオいっちまうよ!!
新しいの買っちまおう笑
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