月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 甲殻類  

川底の大鋏

 10月の西表島は植物がまだ楽しめる時期だと知ってしまったため、道草を食うことに時間を割くようになってきて、昼間の両爬探しが疎かになる近頃のパターン。更に言えば今回はエビ釣りに興じるという、あらかじめ組み込んでいた寄り道があって、花紀行だけでなく釣り紀行にもなる私の旅は、あっちへフラフラこっちへフラフラとやりたいことを思いつくままに。



 この日は美しい水源を巡る。天候にも恵まれ、快晴の眩しい太陽光をキラキラと反射させている水面が、森の木々の合間から誘うように輝いている。マングローブ生い茂る下流から上流に向かって、遡上する形で川沿いを歩き、水底に岩が折り重なるようなポイントを見て回る。
 初めに見たのはオオクチユゴイKuhlia rupestris の小群で中流域にたくさん生息していた。多くは全長150mm程の小さい個体で群れながら辺りの餌を探して泳ぎ回っていたが、水深が深く流れはほとんどないにもかかわらず水質のクリアな水域に、尺サイズの大型個体が他のチビどもを蹴散らしながらその縄張りを誇示するようにゆっくりと泳いでいる。テナガエビ用の1.8m竿では「この大物にはちと厳しいか・・・」といらぬ心配をして、釣り糸を垂らすのをためらって先を進む。


秘境


 ハブカズラEpipremnum pinnatum が岩に絡みつき、その岩の隙間から流入する水が一時停滞して岩のトンネルへと流れ込む秘境ポイント。この素敵な風景の中で釣竿を伸ばすだけでもワクワクするので、試しに一振りしてみる。


 玉ウキの“ピトン”という小さな波紋が、静けさを包み込むこの空間全体に広がっていく。息を呑む瞬間だ。


 体感では10秒ほどのその静寂も実質2,3秒ほどで破られて、不規則な波紋が水面を覆う。玉ウキはすでに水の中。



オオクチユゴイ
オオクチユゴイ 


 針にかかったのは先に登場したオオクチユゴイの小さい稚魚だった。英名のジャングルパーチ( jungle perch )の呼び名でも親しまれるこの魚は、釣り人たちの間では人気の高いターゲットだ。
 ただ私の狙いはテナガエビであって、釣り糸を垂らしてすぐに食いついてくるような魚がいるところではエビにまで食糧がまわらないのでポイントを移動する。


秘境


 これまた秘境、まるで日本ではないような情景。この水域には我が物顔で泳ぎ回るジャングルパーチはおらず、しかもテナガエビが餌を求めて徘徊しているのが見える絶好のポイントだった。

 さっそく投入。すると水が澄んでいるので、エビが餌に向かって一直線に近づいて来るのが見える。そして先ほどのジャングルパーチとは異なり不規則にウキが沈む。

 食った!!

 エビを釣るという経験自体初めてで、その独特の引きは魚類には出せない面白さがある。まずヤツらには5対の腹肢と5対の胸脚があって水底の岩や流木にしがみついて離れないため、引っぺがすまでに苦労する。このときにしっかりと口に針がかかっていないとスッポリ抜け落ちて、ただのエビへの餌付けになってしまう。
 初めの頃はリストラされ公園でハトにパンの耳を与えるオジサン並に、私はエビたちを食わせてやっていた。ジャングルパーチは一発だったのに・・・、お調子者はこれだからいかんね、世の中そう上手くいかないようになっているみたいだ。グググッと引くものの、最初はハサミで掴んで引っ張っていて、モグモグしてもなかなか小さいお口には針が到達しないようだった。

 コツとしては餌を極限まで小さくして、エビが食いついたらひたすら待つ。するとがっちり口にかかるので途中で外れることがなくなる。そこからは岩の隙間に逃げ込まれないようゆっくりと引き寄せる。隙間に入られると中で踏ん張るし、隙間の出口方向に引かなくてはならないので、短い竿ではなかなか小回りが利かず苦労する。
 また勢い良く引き寄せるとエビが反抗してギュンギュン後ろ跳びするので糸がはち切れそうになる。なのでエビに悟られぬよう「アレ、ナニコレ、ハンドパワー!?」と思わせるほどゆっくりズズズっと手元へ。眼下まで来たら一瞬で引き、陸に上げる。
 そしてようやく水面下でしか姿が見えなかったエビの全貌が明らかになる。

スケール
コンジンテナガエビ Macrobrachium lar


 目算体長110mmくらい。手長である第2胸脚を伸ばせば150mmを超す大型テナガエビ。水面下にいる姿がまず大きく、それでいてハサミの付け根が赤くなっていたので、これは狙っていたコンジンだと実感した。
 しかし釣り上げてみたところ体色はイメージと異なって体全体まで赤かった。図鑑やネットなんかの写真をみると頭胴部は赤いが、第二脚は掌部が少し赤みを帯びるものの大部分は暗色であるのが一般的な体色パターンのイメージだと思われる。脳内のコンジンとイメージが乖離していてしばらく困惑。
 とりあえず持参した「日本産淡水性・汽水性甲殻類 102種 日本の淡水性エビ・カニ  豊田幸詞、関慎太郎 著」の検索キーで同定する。


頭
コンジンテナガエビ


 額角は細く、触角鱗の先端に達せず、


第二胸脚
コンジンテナガエビ


 第2胸脚の腕節は長節よりも短く、掌部は腕部の1.2倍以上長い。


ハサミ
コンジンテナガエビ


 ハサミには大きな歯がある。



 じっくりと同定に時間をかけたら、やはりコンジンだった。体色的に西表島固有の純淡水性であるショキタテナガエビM. shokitai かと思ったが、額角が細い点で異なっているし、やはりここまで大きくならない。ただコンジンのビッグサイズならば体長150mm、ハサミを入れれば300mmにも達する個体もいるので、この個体はまだまだ大きくなる発展途上というわけだ。今回の旅では2個体釣り上げることができたが、もう1個体も同じくらいのサイズで、それ以上の個体は陸から見えるところにはいなかった。
 またおそらくこの個体は第2胸脚の発達具合からメスであろうことがうかがえる。オスはさらに長いハサミで、ハサミの歯も顕著に尖る。そして体色は青みを帯びるらしい。

 果たして噂の大物というのはどこに潜んでいるのだろう。もっと上流なのか、大きな岩陰なのか、流れの速いところなのか、ジャングルパーチがウヨウヨ泳ぎ回る水底なのか・・・


コンジンテナガエビ
コンジンテナガエビ


 散々いじくっていたら弱ってしまったのか、写真を撮る頃には赤みが増してしまった。色味が戻ったところも撮りたかったが、スタスタと水底の岩陰に身を潜めてしまったので叶わなかった。
 そしてバチが当たったのか、片づけるときに誤って竿を踏んでしまいポッキリ折れてしまった。それ以上釣ることもできず、それ以上の個体を釣ることが阻まれた。まぁおかげでエビ釣りを諦められて、両爬探しに専念できるようになったわけだけども。


 次に南西諸島を訪れる際はオスの巨大鋏とぜひとも対決したいものだ。あとは他のテナガエビたちも狙いたいところ。
宮古島の洞窟地下水に生息し、眼が退化傾向にあって透明な体色のウリガーテナガエビM. miyakoense なんてのもいるらしく、その説明を読むだけで猛烈にロマンを感じてしまう。ぜひともそういったテナガエビたちを追い求めたい。




1. 圧倒的生命力に溶けてゆく
2. セマルで合わせる “ 島時間 ”
3. WINGS
4. あめあめふれふれ
5. 待ち人 来たる
6. 川底の大鋏
7. ネズミのいなかったその島で
8. 第二の故郷はいつ帰っても暖かい
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