月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 草本類  

甘美な紫

トリカブト
トリカブト Aconitum japonicum


 箱根外輪の山中で見つけた紫の烏帽子、トリカブト。地域的なこともあってこの土地特有のハコネトリカブト A. j. var. hakonense かとも思ったが、ハコネは草原に直立して生え、花が密集して咲く。この株は林内に垂れ下がるように花を咲かせていたことから、どうやらヤマトリカブト A. j. var. montanum のようだ。


 前の記事に登場したヒガンバナ Lycoris radiata も有毒植物として知られているが、毒を持つ植物としてはこのトリカブトほど世の中に名前が知れ渡っている植物もそうありはしない。
 トリカブト毒 “ アコニチン aconitine ” は自然界でもトップクラスの毒性を誇り、かの有名なフグ毒 “ テトロドトキシン tetrodotoxin ” に次ぐ毒性を持つ。フグ毒の半数致死量LD50は0.01mg/kg(簡単に説明すると体重60kgの人間が10人いてそれぞれ毒を0.6mgずつ摂取した場合、半数の5人が死ぬ値、つまりその量を摂取して死ぬ確率が50%の量ということ) と、とても強く、トリカブト毒もLD50は0.05~0.1mg/kg という強さだ。ちなみに我らが毒蛇ホンハブ Protobothrops flavoviridis のタンパク毒はLD50で1.74~2.39mg/kg 、推理小説なんかによく出てくる青酸カリはLD50が3~7mg/kg だったりと、いかにフグ毒やトリカブト毒が少量で死に至らしめることができるか、その毒性の強さがわかる。
 一口に毒といっても様々な成分・性質・生体への影響があるわけで、一概に一括りにすることは難しく、「この毒が最強!!」みたいな中学生じみたセリフを吐くのは些か憚れる。毒性で言えば、ニホンマムシ Gloydius blomphoffii のタンパク毒はLD50が0.98~1.19mg/kg でハブよりも毒性が強いのだが、そもそもの毒の注入量ではハブの方が多いためにマムシよりも危険視され、実際に多くの人が深刻な被害を受けている。



 様々な条件下で毒の効用というのは変化するわけだが、自然界で猛毒とされるテトロドトキシンとアコニチンは同じ “ ナトリウムチャネル ” に作用する毒である。神経細胞にあるナトリウムチャネルはナトリウムイオンが通過する際に電気が発生して、それにより我々は体を動かしている。テトロドトキシンもアコニチンも標的とするモノは同じなのだが、前者はナトリウムチャネルを阻害してナトリウムイオンが通過できず、筋肉や臓器にエネルギーが届かずに麻痺して死に至る。後者は逆にナトリウムチャネルを開放してナトリウムイオンが神経細胞に流入し過ぎることで筋肉や臓器が興奮し、そして死に至る。どちらも猛毒であるが作用としては正反対の働きをしている。


 「じゃあ2ついっぺんに飲んだらどうなるの?」
 好奇心旺盛な理科好き小学生がいたら、こんな疑問がぽつりと浮かぶだろう。


 ナトリウムチャネルを開く毒と閉める毒、つまりは拮抗してお互いの効果を打ち消し合うようだ。さらに面白い(関係者の方には不謹慎で申し訳ないが、科学的に興味深いという意味で)のが、この2つの毒は作用の継続時間が異なるので、これをアリバイトリックとして実際に殺人事件が行われた過去もある。


*****************************************************************************************
 犯人とその妻は沖縄本島を訪れ、友人たちと合流して石垣島を目指す予定だった。しかし犯人は仕事を理由に石垣島へは渡らず、妻とその友人たちで石垣島へと渡ったのだが、別行動になってから1時間半後に妻は石垣島のホテルで苦しみ死亡してしまった。
 検死の結果、初めは心筋梗塞と判断されていたものの、トリカブトによる中毒死だということがわかった。しかしトリカブトは摂取して10~20分ほどで症状が現れるのだが、犯人である旦那と分かれてから1時間以上も経過して発症したため、アリバイがあるとされた。このアリバイトリックに使われたのが、フグ毒とトリカブト毒の拮抗作用を利用した遅効性毒である。


 犯人はテトロドトキシンとアコニチンを絶妙に調合することによって毒の症状が現れる時間をコントロールし、あたかも自分の関わっていないところで起きたように見せかけたのだ。毒薬を飲んだ始めのうちは両種の毒が拮抗して毒の症状が抑えられるのだが、毒の血中濃度が半分になるまでの時間、いわゆる “ 半減期 ” になるまでがテトロドトキシンのほうが短いため先に血中濃度が低くなり、そこから拮抗状態は崩れアコニチンの症状が発症した。
 つまり石垣島へ渡る最中は両種の毒が拮抗していて症状が現れなかったものの、ホテルに着く頃にはテトロドトキシンは半減期となってアコニチンが毒の効力を発揮し、遅れてトリカブト中毒となる。

****************************************************************************************

 ある種の遅効性毒ともいえるこの混合毒を用いて犯人はアリバイを作り、警察の目を掻い潜っていたようだ。実際、こういう毒を混合する場合、その配合は非常にシビアだろう。犯人はマウスを用いて割合を調整していたようだが、いざその混合率でヒトに投与した時に果たしてマウスと同じような効果が発揮されるかどうかは難しい。



 薬も毒も要は程度の問題であって、どう扱うかで使い道というのは変わってくる。いきすぎた薬は毒であるし、毒から薬が生まれることもある。トリカブトも猛毒ではあるものの、その根塊は附子(ぶし)と呼ばれる漢方にもなる。
 結局のところ “ 使う側 ” に委ねられているんだ、原子力にしたってピストルにしたって。



 「毒=紫」ってどこから生まれたイメージだかわからないけど、「毒のイメージカラーは?」と問われれば、ほとんどの人は紫色と答えるのではなかろうか。だから『猛毒 トリカブト』って書かれるとイメージ悪いけども、『森の小人の帽子』とでも表現してやればずいぶん可愛らしいはず。

トリカブト
トリカブト


 それでも私は、“毒”という甘美で妖しげな誘惑に惹かれたんだと思う。毒の話だったらやはり江戸川乱歩の 『 屋根裏の散歩者 』 が、ある種犯人とシンクロしているような感覚で読み進めることになり、なんとも言えないゾクゾク感がある。私がこの小説を知ったのは有栖川有栖のほうの 『 屋根裏の散歩者 』 が先なんだけど、こちらの話は江戸川乱歩をモチーフにした話で、それこそシンクロ云々はその小説内で説明されていて、そのイメージで読んでたから自然とそっちの方向に引き寄せられながら読んだんだ思う。
 それにしたってタイトルが素敵じゃないですか、 『 屋根裏の散歩者 』 だなんて。ましてや毒ってのは秘密裏にやるもんだから、それにこのタイトルは素晴らしすぎる。まぁいくら感動したところで、郷田三郎になってはいけないけども。


 まぁ、とにかく最近は“毒”という魅力に惹かれているわけです。両爬も毒を持つやつらは多いですからね、色々な視点でみていったら面白いだろう。


スポンサーサイト

Newer Entry南の島へ行きたい病を治すには・・・

Older Entry冷たい赤

 

Comments
Leave a comment








1234567891011121314151617181920212223242526272829303108 < >