月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 草本類  

花の壺で悦に浸る


 梅雨時期のフィールドは日々の週間天気予報とのにらめっこが欠かせない。目星を付けた予定日も、差し迫ってくるにつれて刻々と予報が移り変わっていき、直前になって悪天候のお知らせに変わることもザラにある。つまりはあくまで予報であってその日になってみなければわからないわけで、おおよその天気予報をもとにフィールドへと出向く。まして向かう先が山々の連なるところともなれば、『山の天気は変わりやすい』の一言で全天候を受け入れなければならない責務が我々にはあるようだ。
 仕事終わりで疲れも溜まっていたはずなのに久々にちょっと遠出して山に入る高揚感で溢れていたためか、気がつけば南アルプスへと向かう道中のコンビニ駐車場に私はいた。ナビを設定してみたら下道では4時間もかかるという事実を目の当たりにして、ハードな行程なんだと眠気覚ましの缶コーヒーで一息つきながらようやく実感する。もちろんやっぱり缶コーヒーは大好きなレインボーマウンテン。
 途中0時をまわっても営業している地方のラーメン屋で遅い晩メシを済ませて英気を養い、再び迫る睡魔と闘いながら目的地付近の道の駅へと辿り着く。狭い車内で寝袋を広げ、この日は車中泊で朝を待つ。



山


 目覚めてから五分五分くらいだった昨日の天気予報の答え合わせ。結果は五分五分の平行線。晴れればラッキーで登れるし、天気が悪くとも魔法の言葉“山の天気は変わりやすい”をモットーに、結局は山に分け入っていくわけだけども。



キノコ
キノコの一種


 たっぷりと水分を含んだ森は潤いに満ちていて、コケはふわふわだし、キノコはいたるところで傘を差しているし、私のお肌も保湿されてすべすべだし、この上なく気持ちの良い森林浴。やはり休みの日は外に出ている方が幸せだ。





ホテイアツモリソウ
ホテイアツモリソウ Cypripedium macranthos var. hotei-atsumorianum


 世界にはいくつもの美しいランが咲いているが、日本にも素晴らしいランがある。この豪華絢爛なアツモリソウは古くから親しまれ、様々な人を魅了してきた。唇弁が袋状になった特徴的な花で、以前載せたパフィオペディルムPaphiopedilum の仲間に似ているが、唇弁はより袋の形で口は狭まっている。
 またアツモリソウはいくつかの変種が見つかっているが、このホテイアツモリソウは花が大きく、より色が濃いことが知られている。



ホテイアツモリソウ
ホテイアツモリソウ


 ただ残念なことに、この花は金網の中だった。これだけ魅力的であるがゆえに盗掘は後を絶たず、1997年にはいわゆる『種の保存法』の特定国内希少野生動植物種に指定され手厚く保護されている。植物の場合、そこから移動するわけではないので、柵を立てたり金網で覆ったりすれば盗掘や食害から守ることができる。ただ花を拝むことが出きればいい人にとっては別段問題はないのだろうが、私のようにフィールドに出て探しまわり、ようやく見つけることができたことに喜びを見出す人間にとってはちょっとツマラナイ。
 花自体は美しく素晴らしいのだが、それに出会うまでのプロセスが生き物屋にとっては重要なわけで。でもまぁ自然下で咲いているのを見られるだけでも、昨今ではありがたい話なのだけども。次は花と自分との間に何も障壁がないまま、向かい合いたい。




 なんだか気持ち的には複雑だったんだけど、ただ今回の目的はホテイアツモリソウではない。あるランの花を求めて遥々4時間も仕事終わりに運転してきて山を登っているのだ。
 五分五分の空模様は昼前には快晴に傾き、ホテイアツモリソウを悠々と眺めることができたのだが、途中だんだんと雲行きが怪しくなり、ついにはぽつぽつと小雨が降り出した。ザックにレインカバーを取り付け歩き出すも、少しすると晴れ間が顔を覗かせ、また少しすると狐の嫁入り。コロコロ変わる天候だったが面倒なのでレインカバーは付けっぱなし。おかげでお茶のペットボトルを取り出すのが毎回不便だっが、そのストレスはやり場がない。「じゃあレインカバーとれよ」って話なんだけど。
 渋々面倒なお茶休憩を挟んでしばらく歩いたところで、ようやく目当ての花を見つけることができた。



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キバナノアツモリソウ Cypripedium yatabeanum


 同じ属のアツモリソウとはずいぶんと見た目が異なるが、これもシプリペディウムの仲間のようだ。花は小さく、唇弁は袋状というよりも壺状になっていてちょっと食虫植物的なカタチをしている。なんだか山の湿気だとか小雨だとかの水分は、全部この壺に流れて溜まってくるんじゃないかとさえ思える。その水の流れに身を任せて吸い込まれるようにこの花に出会えたのかもしれない。これがいくつも草の合間から顔を出しているのだ、もう喜びに浸るしかない。




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キバナノアツモリソウ


 この色彩に、この模様に、この造形美 !  素敵すぎるでしょう。これが日本に自生しているというだけで素晴らしいよ。自分の足で、自分の眼で、直に体感することができるのだから。
 植物に目を向けるようになって1年は経ったであろう今、王道だけどランにハマっている。ツチアケビGaleola septentrinalis などの妖しい腐生ランから豪華絢爛なアツモリソウまで、多種多様な姿・生活史を持つランはずいぶんと奥の深い生き物で、数々の人々を魅了して人生を狂わせてきた。

 写真家はその美しく咲く姿を撮りたくて、
  園芸家は手元にいくつもの品種を収めたくて、
   画家はそれをボタニカルアートとして表現したくて、
    オーキッドハンターはまだ見ぬ珍しい種類を探したくて、

 なんだかとてつもない魔性のチカラを持っている植物なのだろう。オーキッドハンターという言葉も HUNTER×HUNTER 好きの私にとってはグッと来る名称で、それでいてランを取り巻く人間を含めた環境というのが、なんともハンター的な要素を含んでいる。





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キバナノアツモリソウ


 手段や方法だとか倫理観なんかは別として、こういう素晴らしい花を自分の手中に収めたいという純粋な願望・欲望というのはよく理解できる。それだけの花なわけだし。
 小さい頃に虫を捕まえるのだったり、珍しいカードを集めたりするのだったり、所有欲というのは誰しもが持っているモノだと思う。それが大人になって高級時計だったりオシャレな洋服だったり、芸術的な絵画に移り変わって。
 手に入れてどうするというよりも、“自分が所有している”ということに悦びがある。

 あとは今置かれている現実とどう向き合うかなんだろうけど。よく考えて、いろんな人の意見に触れて、また考え直して。
失敗することだってあるだろうけど、大切なのはしっかり考えること。



 今回は絶滅に瀕した花を見ていろいろ考えるところがあった。ブログじゃあんまり突っ込んだことは書かないだろうけど、自分の中でしっかりと落とし込みをしていきたい。




 そして花ばかりじゃないですよ、ちゃんとヘビも見ましたよ。一応これでも両爬屋なので、次回はヘビ載せます。あまり花ばかり載せていると“ふぬけた”とか友人たちに言われますからね。別に花がふぬけているというわけじゃないけど、私はハペがメインでして。花ばかりだとボクの子猫ちゃんたちが満足しないもんですから(笑)


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Comments
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ふぉぉぉ・・・・

キバナノアツモリソウは熱い。撮りたい撮りたい、です。
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>> Nyandfulさん

熱いですよね。
私、この花を図鑑で知った時、相当胸が躍りましたよ。
ホテイランとか魅力的なランが日本にはいくつもあるのですが、時期が難しいですね、花は。
思い立った時にはもう花期が過ぎてしまっていました。
でもその分、会えた時の喜びは一段と大きいんでしょうけど。
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