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Category: 哺乳類  

僕が死体を拾うわけ

ヒミズ
ヒミズ Urotrichus talpoides 死体


興味のない人間・忌避する人間にとって獣の死体というのは、
「毛むくじゃら」や「避けたい物体」以上のモノにはなりえない。
しかし日の目を見ないような生き物(ヒミズだけに)の死体というのは、
【死人に口なし】ではなく我々にとって多くの事を物語ってくれる。



第一に姿自体見るのが稀な生き物は死体だけでも貴重な出会いであり、
地中生活を営む食虫類に至っては「死体ならば見たことがある」という人も多いのではないだろうか。
齧歯類の死体はなかなか見る機会も少なく、おそらく天敵の胃袋の中で眠っているのだろう。
しかしモグラやヒミズなどは食われることなくその場で倒れていることがある。
そのような死体をよく観察してみると、何かに噛みつかれたような痕跡があって、
この写真のヒミズにも左前足の付け根あたりに傷跡がみられた。
そういった謎の死因にはどうやら彼らの臭いが関係しているようで、
食虫類には独特の体臭があり、この臭いを忌避する肉食動物もいるようなのである。


「ニホンアナグマ Meles anakuma があの長い爪でゴソゴソやっていたら、
ヒミズにでも行きついてガブリとやったのかな。」

とか、

「ホンドギツネ Vulpes vulpes japonica が聴力任せにダイブしてみたら、
くさいヒミズじゃねぇかと捨てたのかな。」

とか、推理小説さながらその死因を妄想するのは死体を見つけた時の楽しみだ。
それも背景となる自然についての見識が深ければ深いほど、
いろいろと考えを巡らせて道筋を明確にしていくことができるのだ。





と、死体の話をしてきたが、何を隠そうちょうど死体に関する本を読んだので今はそんな気分。
ゲッチョ先生こと盛口満著「僕らが死体を拾うわけ ― 僕と僕らの博物誌」という本が、
文庫版として復刻されてつい先日入手したのである。
この本の中にもヒミズは登場し、ビロード状の毛を触って実感することができたり、
骨格標本を作製して肩甲骨や上腕骨の特異な形状を見たりと、
死体だけでも生き物の魅力というのは尽きることを知らない。


生き物をやっている人ならば共感できる部分が多い本だとは思うが、
やはり死体はNGという人ももちろんいるだろう。
自分も以前はおそらくそうで、『生存野生動物主義』とでも言おうか、
生きている生き物にしか興味を見出せず死体など生き物という枠組みから逸脱しているようだった。
それがいつからかそちらの世界にグイグイと引き込まれるようになり、
気がつけば興味のアンテナが脳内に設置されていた。
こういったアンテナがあると今まで見ていた世界が一変して、
面白いことに生き物の死体というのは結構見つかる。
臭い的な部分もあるが何か気配というかオーラというか、
「むむ、近くに死体がある気がする」とアンテナが受信するのである。




ここから先は競争である。
私が見つけたのが先なのか、もしくはスカベンジャーが先なのか。
やつらに先を越されればとんでもない状態になってしまうので、それは勘弁願いたい。
だが大体はハエに先手を取られ、卵を産みつけられていることが多い。
卵ならまだしも、すでにウジがうごめいている場合だってある。
以前三宅島で見つけたキビタキ Ficedula narcissina の死体なんてとんでもなくて、
キビタキ自体が動いているんじゃないかと錯覚するほどもぞもぞしていて、タタリ神一歩手前だった。
あれはさすがに鳥肌ビンビンものだったのを覚えている。




話は戻ってヒミズの話。
死体というのは生きているときには見られなかった骨格や臓器なんかも見ることができる。
特に骨は分類に用いられる形質であるため、同定するときにはやはり見ておきたい。
日本にはヒミズより一回り小さいヒメヒミズ Dymecodon pilirostris も生息しており、
両種はパッと見の外観が似ていて識別が難しい。
ヒメヒミズは細長い尾、ヒミズは棍棒状の尾というところで見分けることができるが、
そういった度合いやプロポーションというのは境界線が難しい。
ましてや何個体も並べて見るわけでもなく、ただ目の前の尾がどうなのか比較なしに見定めるとなると。


そこでわかりやすいのが歯式(Dental formula)である。
哺乳類の世界ではよく用いられるもので、上顎と下顎の歯の本数を1つの式で表わしたものである。
それでみると、


  歯式 :【 切歯 上/下+犬歯 上/下+小臼歯 上/下+大臼歯 上/下=総本数】
       (歯は左右にあるので、総本数以外は対)   

ヒメヒミズ:【 I 3/2+C 1/1+P 3/3+M 3/3=38】

 ヒミズ :【 I 3/2+C 1/1+P 3/2+M 3/3=36】


となる。


これを見るとわかるように下顎にはヒメヒミズで9対、ヒミズでは8対の歯が生えている。
つまりヒミズは下顎小臼歯が1対少ないのである。





よって2種を見分けるには下顎の歯の本数を数えれば良いのである。
ただし生きているヒミズの歯の本数を数えるのは、
落ちてくる木の葉の数を見極めるのと同等に難しい。
だが死体ならば頭骨標本を作製して容易に観察ができるので、そういった点も死体の利点であろう。


ヒミズ頭骨
ヒミズの頭骨 1目盛り=1mm



野外でカサカサと動き回る個体を同定するのは不可能に近いが、
こうしてみるとこの生き物がヒミズだということは一目瞭然である。
哺乳類ではこの歯というのが重要な分類形質となっているため、
外観が類似していたり系統的に近縁な両種だが、属さえ異なっているのはそういう理由である。
今回は上のような歯式を私は用いたが、従来の日本の式とは異なっている。
これまでのヒミズは【 I 2/1+C 1/1+P 4/3+M 3/3=36】という今泉先生らが提唱した式だったが、
アメリカのZiegler氏の提唱する式は発生学に基づいているので、
こちらの方が信憑性が高いということでアメリカ式の歯式を使った。
(詳しくは川田伸一郎著:『フィールドの生物学③ モグラ 見えないものへの探求心』参照)



ここまで長々と書いてきたが、それだけ死体というのは興味深いモノなのである。
自然は美しいと感じるが美しいだけではない。
死というのは恐怖の対象ではあるが現実であり、我々も例外ではない。
自然から美しいもの以外を排除するのではなく、ありのままの姿を見る。
だから美しくもあり、醜くもある。
そして醜い部分にも実は魅力的なところが隠されていたりもする。
きっとそれすら欲に負け怖いもの見たさでも、手を伸ばしてしまうのかもしれない。


それこそ、僕が死体を拾うわけ。





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Comments
Edit
お久しぶりです。こういうのにコメントをするのは初めてなんで、上手く届くのか少し不安ですが(汗)

自分も盛口満さんの『僕らが死体を拾うわけ』もってますよ!(自分のはBOOK‐OFFで買ったハードカバーですが・・・)
あの本みたいに仕事として生徒と一緒に生き物や死体と関わっていけたら、ホント楽しそうですよね~。自分のある意味、憧れの教師像ってやつです!!ま~現実はなかなか難しいのかもしれませんが・・・。

死体の中でも『骨』っていうのは、また特別な感じがありますね。時間が経っても、いつまでもそのままの形で保存できますから、いつでも、観察したり、必要なデータを計測したりできますからね~。

あと、臭いが毛皮に比べて少ないっていうのも、一般の人に受け入れられやすいと思いますしね。毛皮は難しくても、骨は今度の教育実習でも利用したいなって思ってます。

自分にとって『死体を拾うわけ』は、自分のコレクションという気持ちが一番強いですけど、そっから生き物を知らない人に生き物の話をするきっかけにしたい!っていうのもありますね。生きた状態だと、持って来れないけど死体を標本の形にすれば、人に見せることができますからね。
写真と違って、そういう3次元のモノとして人に見せて、触って同じ世界を感じさせることができるって意味ではスゴイ有効だと思うんですよね!!

また、明日からサークルの新歓が始まるので、たくさんの人をこっちの世界に引き入れときます!!

また、時間がある時に飲みに行きましょう。それでは・・・。


Edit
>> ルンチョロサン

いやぁルンチョロサンから教員になりたいって聞いたときはゲッチョさんみたいなイメージを持ったよ。
ああいう人になるんだろうなって思うし、ああなってほしいなとも思う。
いろいろ学んで、ボクにとっても“先生”であってほしいので、期待してますよー。


>3次元のモノとして人に見せて、触って同じ世界を感じさせることができる
この考え方に驚愕した。
たしかにそうだ。
写真はスケールがあったとしても大きさとかを認識しづらいし、モノとして目の前にあるわけじゃないから現実味が骨とかに比べると薄いかもね。
もちろんその逆に見られない世界を覗けるから写真も素晴らしいんだけど、教員という立場で伝えるためのツールっていう観点では良い材料だわ。


こういう話は酒飲みながらアホな会話も挟みつつしたいね(笑)
近々予定合わせてみんなで飲みましょ。
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