月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Sort by 10 2016

Category: 哺乳類  

森の人の恩返し

 ● 亜細亜の熱帯雨林、ボルネオの旅 ●
プロローグ. 暗黒大陸への渡航
1. 旅の終わりは、旅の始まり
2. エアアジアの激情
3. それぞれの乾杯で繋がる世界
4. 伏線のポッポヘジュセヨ
5. 森の人の恩返し
6. ジープが停まる理由
7. Monster Monkey Morning 
8. まるまるこのもり
9. 虎とか豹とか虎とか
10. 熱帯猿紀行
11. ジュラシック・リバー・クルーズ
12. クルーズ拒まず、サルを追う
13. 真っ暗闇に漕ぎ出して
14. 真っ暗闇を抜け出して
15. おはようボルネオ
16. 花束を君に







 迎えの車が到着した。昨晩案内をしてくれたミンは朝食後、フランス人家族と共にジャングルへと出掛けてしまったので、別れの挨拶も手短にしかできなかったのが残念である。
 彼はナイトハイクの後こんなことも言っていた。

 「 オレはいつか日本に行ってみたい。 」 なぜかと問うと、 「 日本では仕事をしたい。良い仕事がいっぱいあって、お金も結構もらえるんだろ ? 」 と。

 まるで文庫本で読んだ小林紀晴の 【 アジアロード 】 の話に重なった。小林紀晴はアジア各国を旅する中で、その土地に住む様々な人と出会い、コミュニケーションをとり、旅行雑誌からはまったく読みとれないような生の声に耳を傾けていた。ネットなどで普及している抽象的な文化観ではなく、そこに一歩立ち入った “ 文化の中の個 ” についていろいろとエピソードを綴っているのが面白い。 「 ○○ 人だからこう 」 という見方ではなく 「 ○○ 人の ○○ 君はこうだった 」 という具合にそれぞれの人となりをみている。
 この本の中で何人ものアジア人が出てくるわけだが、 「 日本で働きたい 」 という人がよく出てくる。みんな意欲的で、生きるためにお金を稼ぎたいという強い意志があった。 「 大学出たから次は就職だ 」 とか 「 ウチの会社マジでブラックだよー 」 みたいな流動的で受け身な働き方ではないものを目指している。その登場人物たちに私が直接会ったわけではないが、彼らと同じような目をミンがしているように感じた瞬間だった。
 そんな目で見られると、果たして自分はどんな気持ちでサラリーマンしているんだろうと考えさせられる。もしミンが日本に来るようならば、仕事は紹介できないが、今度は逆に日本の自然を案内してあげようと素直に思える青年だった。


 名残惜しいが宿のスタッフに挨拶をして車に乗り込む。今度は来た時と同じドライバーであるベトリックという青年だけである。彼は歳でいうとミンと同じか少し若いくらいで、いつもキャップを後ろ向きに被っているイケてるにいちゃん。口数こそ少ないが運転はうまい。
 ただこの “ 運転がうまい ” にも種類があり、彼はレーサータイプのうまい方だった。宿までの道は未舗装のダートコースで、道幅も狭く途中途中で溝があったり穴があったりなかなかに激しい道が続くのだが、彼はガンガン攻める。よくそのスピードでコースアウトしないものだなぁと感心する間もなく、ガッコンガッコン車内は揺れて朝のパンケーキがメープルシロップ付きで戻ってきそうなくらいだったのを覚えている。
 こちとら金払ってるのにえらいハンドル捌きだなぁとルンチョロサンに同意を求めようとしたら、なんと彼は隣の席でウトウトしてやがる !!

 私たち仲間内では石垣島 - 西表島間のフェリーはやたらと揺れるが、それが心地好い揺れで眠くなるという話があった。その時は自分も眠くなったので 「 そうそう 」 、と同意していたのだが、彼にとってはまさにそれと同じ原理だというのだ、ベトリックの運転は。
 いやいや陸と海ではだいぶ違う。砂利やら石やらをゴリゴリと踏んでいる感覚がタイヤを通じて伝わってくるし、船のように 『 ザッパーン、ザッパーン 』 とある程度規則的に揺れるのではなく、不規則にそして唐突に揺れるので、構えていても受け身がとれないような状態なので私は全然慣れなかった。まったく、なんてたくましいやつだ。
 スヤスヤと眠るルンチョロサンを尻目に、 『 胃液にメープルが混ざるから甘酸っぱいかしら? 』 などと不毛な事を考えているうちに、中継地点であるジャンクションに到着。


 ここからは今晩泊まる宿の送迎車に乗り換えるため、ベトリックとはここでお別れ。新たなジープに乗り込みダナンバレーのさらに奥を目指す。



 今度の運転手はドライバー兼ガイドのリズワンという40代前半くらいのレンジャー風の男。彼は実に紳士的で、ベトリックとは違った意味で “ 運転がうまい ” 。揺れを最小限に抑えつつ、生き物を探しながらのゆっくりとしたドライブで、途中池で羽を乾かすアジアヘビウAnhinga melanogaster を見つけたり、飛翔しているタカ類をルンチョロサンが見つけたりするほど、楽しい移動となった。



故障ジープ
故障ジープ


 道中オンボロのジープが立ち往生していた。道から外れてしまい、ぬかるみにタイヤをとられたところへ我々がちょうど通りかかったようだった。

 映画みたいな話だけど、リズワンはこれをロープで引き上げるという。ロープの両端をそれぞれの車に結び付け、ギアをバックに入れてブルンブルンと後退していく。するとイメージとは違って案外あっさりと引っ張り上げることに成功し、困り顔だったオヤジにも笑顔が戻った。

 これまで空港や宿で盛んに言っていたマレーシア語で 『 ありがとう 』 を意味する 「 トゥリマカシ 」 。やはり感謝は現地の言葉で述べたい。そう思って使っていた言葉だったが、今回は立場が逆転したようで、立ち往生していたオヤジに 「 トゥリマカシ 」 と礼を言われる。
 こんなとき、なんと返せば良いかはわかっている。だってこれまで散々言われてきた言葉だもの。


 「 サマサマ~ 」 ( どういたしましての意 )


 我々みたいな外国人にあまり言われ慣れていない言葉なのだろう、オヤジは照れ臭そうに我々の車を見送った。


 車内はさらに楽しげな空気へと一変し、 「 おいおい、そんな言葉どこで覚えたんだぁ? 」 とリズワンも上機嫌。おそらくここで運気が流れ込んできたのだろう。ダートコースの揺れる車内から、数十 m 先の樹上にいる、ボルネオに来るならば頭の片隅に絶対に置いているであろうあの生き物を、ルンチョロサンの凄まじい眼力が捉えた。






ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン Pongo pygmaeus


 そう、 “ 森の人 ” 、オランウータンである。

 初めての生き物というのはサイズ感だったり、隠れている場所だったり、経験に基づいて探すことがなかなか難しいので、まずそう簡単には見つけられず誰かに先を越される場合が多い。特に経験値のある人と同行する場合は。ベテラン風のガイドであるリズワンでさえ見落としていたその生き物を、初ボルネオであるルンチョロサンは見つけてしまうのだ。やはり彼の眼はすごい。
 そしてリズワンさえも驚いて彼を褒めていた。





ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン


 すごい格好で食事する。これではどれが腕でどれが足だか一瞬迷うほど。このように基本的に3点で体を固定して、残りの1本の腕で口に運んでいるのがよく見られた。樹上では足も腕と同じように機能するのだろう。
 新大陸のサルではさらにもう1本の腕とも言われる尾も加わるので、彼らの動きがどうなるのかも興味深いところだ。








ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン


 檻や柵など、我々とオランウータンを遮るものは何もない。近づこうと思えば近づけるし、襲おうと思われれば襲われる、見世物と観客の関係では味わえない緊張感のある距離で野生のオランウータンと対峙していた。
 向こうはこちらを意識しつつも食事に専念しているようで、枝から枝へ、ブラキエーション ( 腕渡り ) で移動し、小さい赤い木の実を食べていた。まさか目の前でブラキエーションをしているオランウータンに出会えるとは思いもよらなかったので感動である。


 これまでの装備では遠すぎて赤茶色の毛玉にしか写らなかったオランウータンも望遠レンズ導入のおかげでなんとか写る。とはいっても望遠レンズの中では焦点距離の短いほうだが。遠い距離にいる鳥類や哺乳類などの毛物を撮るだけならば三脚をつけてドカンと長いレンズにすれば良いのだが、私は小さいのも撮りたいし、登山もしたいし、石も捲りたい。スネークフックも長靴も図鑑も持ち歩きたいので、それらを考慮すると装備というのは限られてくるわけで、今回改めて望遠レンズは手持ち出来るレンズに限るなと思った。
 ジャングルを闊歩するのに、長玉は重すぎる。


 ということで、良い距離間でオランウータンと対峙することができた。まだベースの宿にすら着いていないのに楽しすぎるぞボルネオよ。ダートコースを揺られること2時間ほど。ようやく目的の宿に辿り着いたのと、メープルシロップが戻ってこなかったことに安堵する。




ウェルカムドリンク
ウェルカムドリンク


 こちらは初日の宿泊先よりも高額な宿なもんで、到着するや否やウェルカムドリンクにパウンドケーキ、レモングラスの香りがするおしぼりにレイと、なかなか豪華な 【 お・も・て・な・し OMOTENASHI 】
 ロビーを見渡すといかにも裕福そうな欧米のカップルやファミリーしかおらず、小汚いアジア人の男2人組なんてのはどこを探しても見つからなかった。そんな中でパスポートくらいのサイズのパウンドケーキを2口ほどで食ってしまうルンチョロサンと、良い香りのおしぼりでベタベタの顔を拭いてしまう私の、不釣り合いなことよ。些か場違い感のある我々だったが、働いているスタッフやガイドの面々は、我々と同じく平たい顔族なので、そこまでの疎外感は感じなかったのが唯一の救いか。

 スタッフから宿の案内を聞いた後に、今回の旅のガイドを紹介される。名をルディという。年はミンと同じくらいの20代の青年だが、性格はミンとは対照的に真面目でお堅そうな雰囲気の青年だ。胸元にヤイロチョウPitta のワッペンをあしらったガイドお揃いの襟付きシャツをキッチリ着こなしていて、Tシャツ1枚のラフなミンとは大違いだった分、正直仲良くなれるかは少し不安だった。
 カチッとした自己紹介を終えると、部屋に案内される前に昼食だという。




昼食
昼食


 メシは3食とも豪華ビュッフェスタイル。周りの客層、出される食事、豪華な内装、至れり尽くせりのおもてなし。そのすべてが 『 自分が途端にセレブにでもなった 』 と勘違いさせるのにほとんど時間はいらなかった。
 心なしか 「 Yes. 」 も脳内変換では 「 はい 」 ではなく低音ボイスで 「 あぁ 」 と再生されていた気がする。

 それもこんなジャングルビューでメシが食えるなんて夢みたいだ。食事中、目の前の森では2個体のカニクイザルMacaca fascicularis の子供が戯れたり、色鮮やかな種々の鳥たちが飛び交うトロピカルなランチ。ついつい生き物が出る度に目の前のテラスに降りては観察をしていたので食事どころではない。
 ただ周りの欧米人たちは優雅に足を組みながら外を眺め、 「 ホラ、あそこにサルがいるよ、ハハハ。 」 とまるで風景の一部を楽しむように、たまに顔を向ける程度だった。果たして彼らから見た私たちは、そちら側だったのか、それともカニクイザル側だったのか。






部屋
部屋とルンチョロサン ( と私 )


 気が気じゃないランチを終えて案内された部屋は、これまた勘違いしそうなくらいに豪華な部屋。クーラー完備だし、ベッドデカイし、シャワールームは清潔感溢れるし。
 人間をダメにしてしまいそうな豪華な作りの部屋で、たらふく食べた胃内容物をゆっくり消化し、いよいよジャングルに赴く。




 ルディと待ち合わせるとさっそく 「 宿の近くにオランウータンが出た 」 と言う。とにかく現場に直行だ。






ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン


 慌ててその場所に向かってみると、なんとここに来る途中に出会ったヤツよりも大きな赤茶色の塊が、大木の枝分かれした根元にいるのがわかった。どうやらこの木に実った果実を食べに来ているようだ。
 明らかに大きいその体躯では最初に見た個体のように枝先までブラキエーションしていたら枝が支えられないのだろう、丈夫な太い部分でたまにこちらを気にしながらも、むしゃむしゃと食事の手を止めない。







ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン


 顔を見れば、彼の存在も一目瞭然。 “ フランジオス ” だ。オスの中でも一部の優位なオスのみに表れる特徴で、両頬が大きく肥大化し、頬だこ ( フランジ ) を発達させることから、そう呼ばれる。反対に発達していないオスに対しては “ アンフランジオス ” という名称が使われる。
 特徴は頬だこだけではない。フランジオスは体躯も丸みを帯びて大きくなり、ロングコールをするためにのど袋も発達させる。彼らは普段単独で棲息しているため、フランジオスのロングコールは非常に影響力があり、メスには自身の居場所を知らせて誘うため、他のオスには牽制の意味を持つ。群れ社会を形成するわけではない彼らにとっては、こういう強者との位置関係が非常に重要になってくるのだろう。

 フランジの発達には生理学的に言えばテストステロンが関わっているようで、動物園などではその濃度を計測してフランジになるかどうかを調べているようである。また形態的にはフランジオスの頭骨には矢状稜が発達しており、フランジを支えるための筋肉が付くらしいが、アンフランジオスも潜在的に発達しているもんなのか、テストステロンなどのホルモンの影響でムクムクと骨が発達するのかはちゃんと調べていないのでようわからん。 ( イメージとしては潜在的に発達してそうだけど。 )

 まぁそんな頭でっかちな事よりも、とにかく見た目がカッコイイ、そんな直感的な部分でフランジオスが好きである。



パンノキ
パンノキの一種 Artocarpus sp.


 オランウータンが食べていた果実。ルディによるとジャックフルーツAr. heterophyllus の仲間だという。ただ彼はこうも付け加える。 「 ジャックフルーツの仲間はいくつかあるが、何かはわからないよ 」 と。
 人によっては 「 ガイドのくせに知らねーのかよ 」 なんて感想を抱いてしまうかもしれないが、この一言に私は非常に好感が持てた。ガイドだからと言って 「 あれはライオンだ、これはシマウマだ 」 などの断定的な事に対し疑問を持たないのは、それはサイエンスではないと思っている。自分の知り得る範囲での助言ならば、それは同定であり、 「 ここまではわかります 」 という意思表示になるのだ。
 応答一つとっても、その人がどういう風に生き物をみているかがわかるので、 「 わからない 」 という返答が、逆にルディを信用できるきっかけになった。

 このフルーツで有名なのがルディも名前を挙げたジャックフルーツで、パンノキの仲間に含まれる。ボルネオ島とその周辺地域に特産でニオイパンノキAr. odoratissimus という種がありそれかとも思ったが、葉があまり裂けないようなので違う種類だろう。ジャックフルーツも果実は幹に付けるようなので違うし、広域分布種のパンノキAr. altilis だろうか。






ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン


 まだ手に持って食べているというのに、すでに次の果実を足で掴んでいる欲張りっぷり。大型類人猿なだけあって、どうにも表情が人間臭くて見ていて飽きない。
 この個体はフランジオスであったが、このフランジというのはまだまだ大きくなる。個体によっては体つきもがっちりし過ぎて、樹上を移動するのも困難になって地上で移動する機会も多く見られるほどだ。

 当ブログでは最近の分類を反映させてオランウータンをボルネオオランウータンとスマトラオランウータンPo. abeliiに分けて取り扱う。2種の違いとしては体毛の色や長さもあるが、何よりフランジオスの見た目が大きく異なる。ボルネオオランウータンのほうがフランジオスの頬だこは発達し、体も丸みを帯びる一方で、スマトラオランウータンはそこまで大きくならないのだ。
 だからこないだ映画でやってたジャングルブックに出て来たオランウータンはボルネオがモデルだろう。



 しかしこんな早々にボルネオオランウータンのフランジオスに出会えるとは思わなかった。これもきっと道中助けたオヤジの恩返しだろう。コタキナバルからラハダトまでの飛行機の窓から見下ろしたボルネオの土地は、その多くをアブラヤシElaeis のプランテーションが占めていたため、難しいのではないだろうかと思っていただけに嬉しい出会いだ。それだけこのダナンバレーの森は豊かだということなんだろう。



 そして興奮冷めやらぬまま、その深い森へと漕ぎ出していく。まだ来たばかりだというのに、宿だけでなくジャングルからも歓迎のおもてなしをされたような気分だった。






スポンサーサイト

1234567891011121314151617181920212223242526272829303110 < >