月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

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Category: 哺乳類  

おはようボルネオ

 ● 亜細亜の熱帯雨林、ボルネオの旅 ●
プロローグ. 暗黒大陸への渡航
1. 旅の終わりは、旅の始まり
2. エアアジアの激情
3. それぞれの乾杯で繋がる世界
4. 伏線のポッポヘジュセヨ
5. 森の人の恩返し
6. ジープが停まる理由
7. Monster Monkey Morning 
8. まるまるこのもり
9. 虎とか豹とか虎とか
10. 熱帯猿紀行
11. ジュラシック・リバー・クルーズ
12. クルーズ拒まず、サルを追う
13. 真っ暗闇に漕ぎ出して
14. 真っ暗闇を抜け出して
15. おはようボルネオ
16. 花束を君に




 ボルネオで迎える4回目の朝。このくらいになるといよいよ目覚めの瞬間から、自分がボルネオにいるということが瞬時に理解できる。初めのうちは旅行者気分で、寝ぼけながらもじわりじわりとそれに気がつき、ゆっくりと 『 あ、そうか、今ボルネオにいるのか !? 』 と受け入れていたのだが、今ではシャキッと目が覚め 『 おはようボルネオ 』 と心の中で挨拶してしまうくらいに、ボルネオにいる事が非日常から日常へと変わっていた。

 そして朝から早速ボートに乗り込んで、モーニングクルーズといこうじゃないか。今朝の乗船メンバーは、船長のオヤジ、中川家礼二似のガイド、美男美女の欧米夫婦、ルンチョロサン、私、の6人で昨日の昼のクルーズでも顔馴染みのメンバーだ。
 客である欧米夫婦が昨晩のナイトクルーズに来なかったのを心配するふりをして、 「 昨晩は本当にスゴかったぜ、バケモノみたいなクロコダイルとハラハラドキドキの大アドベンチャーだったんだ。 」 と自慢してやった。 ( おぉ、我ながら性格悪い ・・・ )
 すると男前くんは 「 マジかよ、ナイトクルーズなんてやってたのかよ ?! そんなの知らなかったぜチキショー 」 と、ふがふが言いながら悔しがり、その分を取り返そうと前のめりになってボートにしがみついていた。
 奥さんの方に目をやるとそんなに悔しそうな顔をしておらず、 「 それだったらウチの旦那のクロコダイルの方が、昨晩は大暴れだったわよ 」 とでも言いたそうに落ち着き払っていた。ぐぬぅ、それはそれで悔しいが、日本では体験できないフィールディングだったのでまぁ良しとしよう。


 しばらくすると目を皿にして探していた男前くんが何かを発見する。

 「 What’s that ? 」

 見ると河の真ん中にプカプカとペットボトルが浮かんでいるのだが、なんだか様子がおかしい。ただ浮かんでいるにしては動きが不規則だし、違和感満載だった。男前くんを筆頭に、我々の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだままボートはぐんぐん距離を詰めていき、またガイドと船長は嬉しそうにニヤニヤしている。
 ペットボトルの真横にボートをつけ、おもむろにガイドのオヤジがそれをヒョイと掴みあげると、先端に糸が50 cm ほど結びつけられていて、さらにその下から魚が姿を現した。どうやらこれは魚釣りの仕掛けだったようだ。




仕掛け
仕掛け


 こんな感じの仕掛け。おそらく昨晩船長のオヤジが夜釣りの際に仕掛けておいたものだろう。匂いにつられた夜行性のナマズが針にかかり、翌朝目印であるペットボトルを引き上げればナマズを得られるという漁法だ。
 ペットボトルは目立つものが良いのか、 “ 2 more orange ” というパッケージの、マレーシア版ファンタオレンジみたいなのが使われていた。




ナマズ
ナマズの一種


 こんなちゃちな仕掛けの割にはなかなかの獲物がかかっている。大きさは1.5 L のペットボトルより一回り大きいくらい。とりあえず知識が無いもんで、ナマズっていうことくらいしかわからないのが残念。
 餌には肉団子みたいなのが使われていたので、夕食の残りとかだろうか。



しまっちゃう
しまっちゃうオジサン


 そしてこいつはしまっちゃうオジサンにしまわれちゃうんだな。きっとオヤジの晩飯にでもなるのだろう。ん ? それとも昨日の晩飯に出たアレか ?? (笑)
 とにかくこうして釣られた魚は誰かの血となり肉となり、姿を変えて巡ってゆく。そんなことをぼんやり考えていると、ボルネオらしいあいつらが木々を揺らしていた。




テングザル
テングザル Nasalis larvatus


 連日テングザルが現れるのはさすがに慣れてきたボルネオとはいえ驚きだ。今度は昨日の個体に比べて鼻の大きいオス個体だが、まだまだ肥大化しておらず、残念ながらボスではないようだ。
 こいつらの体色で面白いのが、腰部に白い毛が生えている事。それが遠目には白いブリーフを履いているように見えて、一度そう見えてしまうとそのイメージをなかなか払拭できずに珍妙な生き物になり果ててしまう。


テングザル
テングザル


 それでいてコレだ。朝日を浴びながらグーっと伸びをしている姿なんて、 【 ボルネオ島の幻の珍獣 】 というよりも 【 隣近所のひょうきんなオジサン 】 といった雰囲気。これじゃあ嫌でも擬人化して見てしまうじゃないか。

 でもこれはこれで個人的にはお気に入りの写真。巨大クロコダイルがいる殺伐としたジャングルの中で、ふとした瞬間にゆる~い一瞬を見せるこのギャップがなんとも言えない。 “ The ボルネオの朝 ” 。こんなボルネオの一面もいいね。



 朝っぱらから良いものを見つけたおかげで、哺乳類スイッチが入ってしまった。せっかく河川に来たのだからそこでしか見られないような、哺乳類が見たいなぁと。
 ボルネオには、スマトラカワウソLutra sumatrana 、ビロードカワウソLutrogale perspicillata 、コツメカワウソAonyx cinerea の計3種のカワウソが生息しているので、せめて1種でも見たいと水面を見つめていた。

 すると、彼方の水面に “ 何か ” が泳いでいるのが目に飛び込んできた。



ボルネオゾウ
???


「 ん ? カワウソか !? 」  もうそれを探しているために、目の前にあるその “ 何か ” が 『 何カワウソなのか ? 』 と私の脳は模索し始めようとしていた。
 しかし遠いせいで、よく実体がつかめない。対象の進行スピードはそこまで早くないので、こちらもボートでどんどん接近していく。



ボルネオゾウ
???


 近づくにつれて、徐々に細かい造形が見えてくるのだが、どうやらカワウソではなさそうだ。時折水しぶきを上げながら上下する長い部分と、それに引き連れられるようについてくる固そうな塊。それがまるで呼吸するかのように潜っては浮かび、潜っては浮かびを繰り返している。

 着々と縮まる “ 何か ” とボートとの距離。そしてついにその正体がわかる時が来た。その瞬間、まるで数千万人いるサッカースタジアムで、自軍のゴールが決まってドッと湧き立つような、そんな団結力のある感動がボート上に巻き起こった。



ボルネオゾウ
ボルネオゾウ Elephas maximus borneensis


 「 Ooooooooh おぉぉぉ , Elephant おぉぉぉっ !! 」  まさかのボルネオゾウの河渡りに遭遇したのだった。まったく、リアルジャングルクルーズかよ。ボート乗りながら泳ぐボルネオゾウが見られるだなんて、完全に想定外。嬉しすぎる。想定していなかっただけに驚きと感動で胸いっぱいだ。
 そしてそれは他の乗船メンバーも同じこと。この出会いには一同大盛り上がりで、特に昨晩ナイトクルーズを逃した男前くんなんかはえらい喜びよう。転覆の恐れがあるから左右のバランスをとるために自分の席から動かないようにと乗船前に注意を受けたというのに、本人とは逆位置のゾウ側にいる奥さんのほうに寄ってたかって写真を撮り始める始末。まったくこっち側 ( ゾウ側 ) にはヘビー級の私がいるというのに来るんじゃないよ、マジで転覆するわ。
 とにかくしっちゃかめっちゃかに私たちは喜んでいた。


 私のイメージではゾウの河渡りというのは常に頭と鼻先、背中を水上に出して、犬かきみたいにして泳いでいる姿だったのだが、現実の河渡りは 『 トップン、トップン 』 と鼻先を出しては頭を沈め、頭を出しては鼻先を沈めというように、鼻先と頭を交互に水上に出しながら、体のほとんどを水中に沈めたままで泳ぎ方だった。初めは鼻先しか見えていなくて、それくらいのサイズの生き物を想定していたけど、これこそまさに氷山の一角。その下にあんな巨体が隠されていただなんて。
 アニメーションの表現でしばしば水中から鼻先だけ出して潜水艦のように振舞うゾウが登場したりするが、1枚目の写真なんかを見るとあながち非現実的な表現とは言い難い。




 それにしてもゾウだなんて、嬉しすぎるじゃないか。たぶん朝食を調達しに河を渡っていたのだろう。広いところで200 m はあろうかという流域面積の河を横切るとはなんてタフな生き物なんだ。泳ぎ方もアップアップで、必死に息継ぎしているような姿だったので、後半はただただ見守るように岸まで着くのを応援した。
 そして岸ももう間近。いよいよゾウだけに全身像のお目見えだ。



ボルネオゾウ
ボルネオゾウ


 その姿を見た第一印象としては 『 小っさ・・・ 』 それもそのはず、ボルネオゾウは世界最小のゾウなのだ。ゾウ科Elephantidae に属する3種のゾウの内、種で言えば最小種はアフリカのマルミミゾウLoxodonta cyclotis なのだが、亜種レベルまで落とすと、アジアゾウElephas maximus の亜種であるこのボルネオゾウが “ 最も小さいゾウ ” ということになる。
 英名で 【 borneo pigmy elephant 】 と現地では呼ばれ、やはり小さいことが特徴だと中川家礼二似のガイドのオヤジが言っていた。アジアゾウのメスでは牙が目立たないため、この個体はオス成体だろう。体高にして2mほどの小ゾウサイズだが、ボルネオゾウでは立派な大人だ。体つきも丸みを帯びていて、密林を闊歩するにはうってつけ。
 動物園でよく見るアフリカゾウLoxodonta africana とは、サイズもプロポーションも全くの別物だというのをまざまざと見せつけられた。



 ぬかるみに足を取られながらも器用に岸へと上がり、あっという間に彼は密林の奥へと姿を消してしまった。その出来事は一瞬だったのだが、体感時間としては非常に濃厚な時間を過ごすことができた。
 というか自分が海外のフィールドに出て、こんな生き物たちに遭遇しているのが本当に信じられない。子供の頃にTVの画面を通して見ていた 【 どうぶつ奇想天外 】 の世界に、実際に足を踏み入れ、余計なフィルターなしに自分自身の眼で捉え、そしてその土地の空気を吸っている。まるで自分が主人公の物語みたいだ。やっぱり未知なるフィールドは楽しいなぁ。



 最初のクルーズ記事でも書いたが、この流域にはいくつかジャングルクルーズを行なう観光宿があるので、時折他のボートとすれ違ったりもする。この日も何艘かのボートを見かけたが、ボルネオゾウが泳いでいる貴重な瞬間には我々以外に見ている者はいなかった。
 ただやたらに盛り上がっていた我々のボート。それを嗅ぎつけて 『 何か良い生き物でも出たのでは ? 』 と近寄ってくるボートが2艘ほどあったが、時既に遅し。彼らが駆けつけて来た頃には、ゾウが岸を這い上がったぬかるみの後くらいしか見る事はできなかったのだ。

 怪訝そうにこちらを窺っている連中に対して、例の男前くんが親指でぬかるみを指しながら 「 Elephant ! Elephant !! 」 とか自慢してやがる。もう行っちゃったんだからその言い方は誤解を招くだろうと思いながらも、 『 良いぞ、ハイエナどもにはもっと自慢してやれ 』 という悪魔の囁きのほうが優勢だったので止めてやることはしなかった。
 さらには 「 さっきまでそこにElephant がいたんだぜ、スッゲーよ。ホントあいつは最高にクールだったなぁ 」 とか言いながら欧米人特有のテンションが上がると出る 「 yeaaah ! 」 とか 「 foohhhh ! 」 とかも挟みつつ満面の笑みで自慢していやがるからタチが悪い。朝イチで私が厭味ったらしく自慢した憂さ晴らしをここでしているんじゃないかと思うくらいに、とにかくクレイジーだった。
 なかなか自慢の仕方がエグイ男前くんは、まぁこちら側だったから良かったものの、コイツがもし相手側の人間だったとしたらゾッとするね。(笑)


 まさかのボルネオゾウの出現に度肝を抜かれた朝のキナバタンガン河。宿から出発して 【 ナマズ釣り ~ テングザル ~ ボルネオゾウ 】 という今回の記事での出来事は、実はわずか30 分以内の出来事なのだから、その濃さには驚かされる。ウダウダ書いてしまう私の記事では伝わりにくいのだが、それほどまでに圧縮された30 分であり、濃厚な30 分だったのだ。私も写真を見返していて、撮影時間を確認してびっくりしたほどだ。


 モーニングクルーズは序盤でかなり盛り上がったが、今後もまだまだ楽しいボートの上。






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クルーズ拒まず、サルを追う

 ● 亜細亜の熱帯雨林、ボルネオの旅 ●
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13. 真っ暗闇に漕ぎ出して
14. 真っ暗闇を抜け出して
15. おはようボルネオ
16. 花束を君に





 『 ブロロロロ ・・・・・ 』 ボートに搭載されたモーターの回転数が徐々に落ちていく。何か見つけたのだろう、巧みにボートを操る船長が一点を見つめ、船首の向きをゆっくりと変えている。

 船上での生き物探しなんて三宅島へ向かうフェリー航路で点のようなミズナギドリ類を見たくらいで、小型ボートでの散策はほとんど初めてに等しい。アプローチの仕方が初体験なのでイマイチ探すコツが掴めておらず、大抵は経験の長い船長、次いで同乗しているガイドが生き物を見つけるため、客である我々はどうにも歯がたたない。
 だが生き物屋としては、やはり第一発見者になりたいところ。 『 短い滞在時間だが、なんとしても自力で見つけ出したい 』 と思っていた矢先に出鼻をくじかれる。


 船首が向き直り、だんだんと近づいていく中でようやく、船長が見つめていた “ 何か ” を捉えることができた。




テングザル
テングザル Nasalis larvatus


 ボルネオのサルといったら本種だろう。近隣のスマトラ島やジャワ島にはいない、ボルネオ島の固有種である。密林の大物であるボルネオオランウータンPongo pygmaeus と、大河の大物であるテングザル、このボルネオ二大モンキーをこの目で見ずして、この地を去ることはできないだろう。
 とはいってもこの個体はおそらくメス。オスは和名の通り鼻が大きく、群れのボスともなると体格と共に鼻までもが肥大化する。オランウータンでいうところのフランジ個体のように、 “ 霊長類はボスを見ずしてその種を語れない ” と個人的には思うだけにボスも出てこないかワクワクしていたが、こいつは単独行動をしているようだった。

 こちらに気がつき一瞬は緊張したものの、その後はこちらをチラチラ見ながら警戒しつつ、葉を口に運ぶ手を止めようとはしない。やはり植物食の生き物は相当量食べなくてはならないのだろう。彼らの腹が出ているのは私のように食い過ぎというわけではなく、有害物質を含む葉も分解できるよう腸が長く、また霊長類では唯一、反芻行動をみせるようである。そのため、誰に邪魔されるわけでもなく、とにかく多くの葉をゆっくりと摂取するのである。



テングザル
テングザル


 観察していると位置を変え、ついには段差に座り込んで手はお膝の上、なんと行儀の良いことでしょう。こう見るとどうにも人間臭い動きをしていて、シワの具合がなんともおばあちゃん風だ。人間っぽく見えるのは枝を引っ張って口で葉を取るのではなく、1枚1枚葉を手でちぎり取り、それを器用に口に運ぶからだろう。珍獣と呼ばれている彼らだが、実物を見てみるとまるでイメージが違っていて、少なくとも私からしたおばあちゃんだな。



 しばらく観察を続けた後、他の個体が現れる様子もないし、このおばあちゃんに至っては永遠に葉を食べ続けていらっしゃるので、食事の邪魔をしても行けないので別れを告げて先を行く。
 ボートに乗り合わせた他の観光客と共に、初テングザルの喜びでワイワイ賑やかになっていると、我々の一団の他にも賑やかな声が、それも樹上の方から聞こえてくる。




カニクイザル
カニクイザル Macaca fascicularis


 カニクイザルの群れである。チビどもは木の実を探したり追いかけっこして走り回ったりと騒がしい。この若い個体なんかは、 【 警戒心 < 食欲 】 なのだろう、すぐ横を我々のボートが通り過ぎようとも気にも留めず、木の実探しに余念がない。
 彼らはニホンザルM. fuscata と同じマカク属に含まれるマカクモンキーで、見た目だけでなく仕草や行動なんかもよく類似する。若い個体のわんぱくで好奇心旺盛なところなんかはそっくりである。



カニクイザル
カニクイザル


 そんなチビどもが走り回る傍ら、木陰で肌を寄せ合い眠りについている。果たして家族なのか、彼らの血縁関係まではわからないが、右の個体は赤ん坊を抱きしめていたので母親だろう。なんとも仲睦まじいではないか。



カニクイザル
カニクイザル


 さらには陸上で授乳中の母親までいた。やたら伸びる乳房をぼんやりと眺め、 「 ゴムゴムのぉ~、オッパイ !! 」 なんてくだらないことで笑っていたとかいないとか。
 どんなにチンケでくだらないことをデカイ声でしゃべっていても、日本語を理解できるやつはこのボートには私とルンチョロサンしかおらず、その状況が余計にくだらないことを誘発させるようだった。ただふと我に帰れば、良い年したおっさんが、何を小学生レベルな事を言っているのだろうと悲しくなるので、そこは海外でテンションも上がっておかしくなっていたってことで、自分の中では納得するようにしている。うん、きっとそうだ。





カニクイザル
カニクイザル


 動き一つとっても可愛らしく面白いのは、こういった中型以上の哺乳類の特権。この個体は我々を警戒しつつ、川の水を飲みに岸までやってきた。この水域にはワニもいるので、 『 このタイミングでザバーンと子ザルに食いついたりしないかなぁ 』 なんてサル側からしたら不謹慎な妄想をしたりしてしまうわけだけど、私は両爬屋でワニ側なので、 『 来い来い !! 』 と切実に願っていた。もちろんその希望も虚しく、喉を潤した子ザルは無事に樹上の仲間の元へと戻って行ってしまった。

 写真としてはいろいろな表情が見られたので撮っていて面白かった。アフリカでヒヒの類いを見に行くのもアリだなぁなんて、前回の記事に引っ張られた感想まで漏らしてしまう。あぁ、それよかやっぱりギンガオサイチョウBycanistes brevis だよ、ギンガオサイチョウ。



 賑やかなカニクイザルの群れを見送り、ボートは細流で180 度方向転換して宿へと船首を向ける。いよいよ陽も傾き始めた川面には、同じ方向を向いたボートが数隻、白波を立てながら浮かんでいるのが見えた。我々もそこに混ざり合うように細流から本流へと戻って行ったのだが、その時ちょうど本流を下るボートとタイミングが合致し、2隻のボートが水平に並ぶかどうかというところまでなった。相手のボートは近隣の宿から出航している、いわばライバルのボートである。また観光客を楽しませようというノリもあったのかもしれないが、帰路を急いでいたためどちらもブルローーーーンと加速して、互いに抜き去ってやろうというレース的展開になった。
 しかし相手方はクルーザータイプのちゃんとした作りのボートに対して、こちらと来たら “ 手漕ぎボートにモーターとスクリューを搭載しました ” という程度のボートで、マシン性能では明らかに分が悪い。それでも我がボートに乗っていた中川家の礼二に似た中華系のガイドのおっちゃんがえらい煽るもんだから、船長もしぶしぶモーターを唸らせる。

 本流に合流しながら2隻のボートが水平に並びかけて、かつ互いのボートとの距離が縮まりかけた時、相手方のボートはもう一段階加速して、あっという間に抜き去って行ってしまった。さらには微妙に水平ではなかったため、抜き去る瞬間にクジラの尾びれにザッパーンとやられるような白波がななめに襲ったが、こちらも加速していたおかげでボートの後方1/3だけがビッショリと濡れる結果に。そしてそこに座っていたのは礼二似のおっちゃんと船長さん。ご愁傷様です。加えてどこかに電話をかけながら煽っていた礼二だったので、携帯電話までビッチョビチョ。さっきまでの威勢はどこ吹く風、急にしょぼんとしてロクにガイドもせず、携帯電話を我が子のように心配するばかり。結局は調子に乗ると痛い目に会うわけですね。





夕陽
夕陽


 宿に着く頃には綺麗な夕陽が水面に映っていた。なんとも楽しいクルーズの時間はあっという間に過ぎてしまっていたようだ。結局終わってみれば、自分が第一発見した生き物はゼロ。
 う~む、惨敗だ。
 初日は揺れるボートの上で遠景から生き物を見つけ出すように目を慣らすので精一杯だった。まだここに滞在するので、なんとか帰るまでには自分の眼で見つけ出してやろうと夕陽に誓うのであった。

 とりあえずは晩メシだ。ボートだから動いていないのに、興奮しっぱなしだからおなかはペコペコだ。


 そして夜は夜で、お楽しみ。




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熱帯猿紀行

 ● 亜細亜の熱帯雨林、ボルネオの旅 ●
プロローグ. 暗黒大陸への渡航
1. 旅の終わりは、旅の始まり
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3. それぞれの乾杯で繋がる世界
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13. 真っ暗闇に漕ぎ出して
14. 真っ暗闇を抜け出して
15. おはようボルネオ
16. 花束を君に





 前日のビールでぐっすりだったのだろう、せっかくの豪華な作りのベッドも、朝起きてみればぐっちゃぐちゃ。きっと夢の中でもジャングルにいたに違いない。


 この日は昼前にはまた別の場所へと移動してしまうので、ここダナンバレーの森とは午前中でさようなら。早朝から遅い朝食までのわずかな時間がこの森での最後のフィールディングとなる。
 共にフィールドに出るのは前日と同じのお決まりメンバー。ルディ、アンジー夫妻、エドワード・リサ夫妻、ルンチョロサン、そして私、の7人パーティー。ただ、まだ薄暗い玄関口に少し早めに集まったのは、ルディ、アンジー、ルンチョロサン、私、の昨日の午後フィールドへ出掛けた4人だけだった。まだ少し早いからリサとエドワードが来ていないのは、同室だしまぁわかるのだが、なぜにアンジーは同室の旦那を置いて先に来てしまったのだろう。
 「 旦那さんはどうされたんですか ? 」 と尋ねてみると、 「 あの人はね、女なのよ、感覚が。なんでも髪型が決まらないとか身だしなみのことを気にしてばかりいるから、先に来ちゃったわ。 」 という。そんなアンジーを見てみると、タンクトップにハーフパンツ、そしてサンダルをつっかけて来ただけという、とてもラフでワイルドな格好をしており、きっとこの2人の性格だからこそ、夫婦としてのバランスがとれているんだろうなと、昨日のコンバースを思い出して妙に納得した。


 そんな話をしていたら、他のメンバーが来るより先に、オランウータンとの出会いの方がやってきた。これから朝飯の調達にでかけるのだろうか、ゆっくりとした足取りで木々を伝って移動しており、我々4人は目と鼻の先まで近づいていた。これまでにない近さで興奮している我々に対し、あのマジメを絵に描いて額に入れたみたいなルディが、 「 Come on , Come on ! 」 と、これからオランウータンと握手でもしにいく気かよってくらいの距離までグイグイ寄って手招きする。


オランウータンとの距離
ルンチョロサンとオランウータンとの距離 ( 点線の藪の中にオランウータンがいる )


 これは近い。本当に触れられそうな距離まで来てしまった。興奮を抑えながらヒソヒソ声で感動を分かち合うルンチョロサンと私の横で、ルディが突如 「 ウゥ~~~ 」 とオランウータンと交信を試み始めた。
 『 さすがはガイドというだけあって、ここら辺のオランウータンとは仲良しさんなんだなぁ 』 なんて能天気に見届けていたら、ルディの声に反応してか急にオランウータンが木から降りて来た。


ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン Pongo pygmaeus 


 ただその様子は穏やかに降りてきて 「 ボルネオの熱帯雨林で、ボクと握手 !! 」 といった雰囲気ではなく、むしろ慌ただしく異様な空気であった。その異変にいち早く気がついた先頭のルディが 「 Back , Back , Back , Back , Back , Back , !!!!! 」 と、急に振り返りながら叫ぶ。一瞬でこれはただ事ではないと理解して、慌てて私たちも踵を返して猛ダッシュでその場から走って逃げた。そりゃあもう、ジュラシックパークみたく。
 どうやらオランウータンの逆鱗に触れてしまったようで、あわや握りつぶされるところだったのだ。危険が及ぶ前になんとか離れることができ皆無事ではあったが、久々に野生動物で怖い思いをした。朝から心臓に悪い。
 引き金を引いた張本人の顔を覗きこんでみると、ハァハァ肩で息をしながら “ てへへ顔 ” をして、 「 いやぁ~危なかったぁ 」 なんて言ってやがる。マジメを装っているルディだが、案外抜けていることもあって、昨日は昨日で 「 この靴はグリップ力がすごいんだ 」 と自慢した2分後くらいにはぬかるみに足をとられてすっ転んでいるし、その時も例の “ てへへ顔 ” でごまかしていたっけ。
 まぁ堅物で隙のないマジメくんではなく、マジメ風なドジなので愛嬌があって好感が持てるが。少なくとも私は好きなキャラクターだ。

 私たちはまるで映画のワンシーンに入り込んだかのような体験をしてテンションも高まって、ゲラゲラみんなで笑い合った。あぁ、まったくアホだなぁ。
 そんなちょっとしたハプニングに見舞われている内に、残りのエドワード、リサ、アンジーの旦那とも合流し、朝のトレッキングスタートだ。アンジーの言う通り、旦那の髪型は朝靄の湿気にも負けず、しっかりとなでつけられてキマっていた。


キャノピー
キャノピーウォーク


 この日は歩いてキャノピーウォークまでやってきた。ジャングルは朝靄に包まれ、太陽が徐々に昇ってきてもその光は空気中の水分たちによって霧散され、ぼんやりとした明るさが辺りを覆っていた。こうなると地面もうっすらとしか見えず、中空にぼんやりと浮いているかのような不思議な浮遊感がある。
 ジュラシックパーク好きには、もうあのシーンにしか見えない。前方の靄からゆっくりと、キャノピーをプテラノドンPteranodon が前進してくるんじゃないだろうかと妄想させてくれる素晴らしい空気感だった。

 そんな情景なのに私ときたら、ちょっとブルーだ。昨晩、喉の渇きを潤すためにバーでガバガバと早いペースで飲んだビールが、ここに来て二日酔いとして現れ始めたらしい。先程の逃走劇のダッシュで胃がシェイクされたのに加え、この揺れるキャノピーの浮遊感で一気にスパートをかけたようだった。
 生き物屋としては大失態だよ、せっかくのボルネオの憧れのキャノピーウォークの上で二日酔いだなんて。だいたいの生き物屋さんは飲んでも最終日以外はほどほどだし、翌日のフィールディングに影響するようなマネはしないはずだ。それなのにコレだよ、私ときたら。
 アジアンビールはおいしいし飲みやすいけれども、飲み方はきちんとしようと反省した午前7時。



クビワヒロハシ
クビワヒロハシ Eurylaimus ochromalus


 そんな時は樹冠部にいる鳥たちを見て癒やされよう。見た目が面白いのはこのクビワヒロハシ。なんだかゼンマイで動きそうなコミカルな風貌で、点の眼が可愛らしくもアホっぽい。嘴も青くきれいなだけでなく、頭部に対してはずいぶんと大きく不釣り合いなのも、どこかおもちゃっぽさを演出している。
 こんなひょうきんで可愛らしい鳥を眺めていると、ブルーな気持ちも晴れてくる。気がつけば二日酔いを忘れて生き物探しに興じていた。案外気持ちでなんとかなるもんだ。



 キャノピーを後にして、道端のオジギソウで遊んだり、イチジクの仲間が他の巨木を絞め殺して枯らせたところを見たりしながら宿へと戻っていく。朝食の終了時間が刻一刻と迫ってくる。
 もうすぐで宿に着くかというところで、昨日の早朝聞いたあの声が、その時よりもかなり近い距離でジャングルに響き渡る。


 「 ウーーーワ、ウーーワ、ウーワ、ウワ、ウワッ、ウワッ、ウワッ、ウワッ、ウワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ウーーーワッ 」


 生き物が好きなメンバーが集まっているので、それを聞いた瞬間みんなで顔を突き合わせて、 「Gibbon !!!!! 」 ( テナガザルの英名 ) と目を丸くする。するとルディが 「 朝食まであまり時間がありませんが、10 分だけ私にくれませんか ? 」 と提案してきた。あの鳴き声を聞いてその誘いを断る者などもちろんおらず、皆興奮気味に 「 OK , OK 」 と承諾すると、いきなり声のした方向に向かって無言でルディが走り始めた。

『 きっとテナガザルの現場を押さえる気だ !! 』

 ルディの考えていることをその場で瞬時に飲み込んで、各々特に声を掛け合うことなく、すぐさまルディの後を猛ダッシュで追いかけ始める。これはもはや以心伝心と言っても良い。
 ただ、その状況を飲み込み行動に移すまでの “ 瞬発力 ” と、必死に追いかける “ 走力 ” には個人差があるわけで、突っ走るルディを先頭に、追いかけるルンチョロサン、アンジー夫妻、エドワードの先発組と、体力のないリサと二日酔いのバカは少し遅れて後発組を形成していた。先発組がすでに下り坂に差し掛かり、私もこれから下ろうというところで、そのすぐ後ろにいた最後尾のリサが 「 Ohhhhh , Gibbon !! 」 と大きな声で叫ぶ。
 急ブレーキをかけて振り返ると坂道の頂上で、リサが遠くを指さしている。なんと一番遅れていたリサが、走ることに夢中になっていた我々を出し抜いて、ルディより早くそのターゲットを発見したのだ。
 するとみんな一斉に引き返してくるわけだが、後発組は先発組に、先発組は後発組に、と形勢逆転し、なんとドタドタ走っていた私が二着という幸運。

 リサの人差し指の先にある遠くの枝先に、その腕の長い生き物がぶら下がっているのをこの眼が捉えた。






ヒガシボルネオハイイロテナガザル
ヒガシボルネオハイイロテナガザル Hylobates funereus


 おぉ、なんと神々しい写真。まるでアシタカが初めてシシ神様を見た時のような、光に包まれてシルエットが浮かび上がる光景。真ん中に写っているY 字のそれがテナガザルでございます。


 えぇ、ちょっと前まで風景とか撮っていて、カメラの設定をマニュアルにしたままだったのを忘れ、無我夢中でシャッター切ってたらこの有様ですよ。 ・・・ 露出ミスった。こういうときはせめて証拠写真でもと、ブレていても露出が合っていればと思うが、あの興奮状態じゃあまともな判断はできなかった。
 液晶に表示された写真を見て、焦って絞り優先に切り替えたものの、すでにギボンの姿はなかった。やはり鳥類とか哺乳類なんかの瞬時に捉える必要がある生き物の撮影には、事前の設定準備が大切だなと思い知らされた。


 でもまぁ、自分の目でテナガザルのブラキエーション ( 腕渡り ) まで見られたのは嬉しかったし、何より小学生みたく生き物見たさにみんなで全力疾走したのが良い思い出になった。
 生き物が好きという共通点だけで、みんな生まれた国が違って、話す言葉が違って、でもある生き物を追いかけて童心に戻って駆け回れるだなんてのは本当に幸せな事だなと思う。テナガザルを見た後のそれぞれの笑顔はどれも輝いており、第一発見者であるリサに向かって 「 Good eye ! 」 とみんなが讃えた。
 前日 「 これで猿どもと闘うってわけね 」 と木の棒をブンブン振り回していた人とは思えないほどの活躍っぷりだ。ありがとうリサ。



 良い思いはしたものの、朝食のリミットは着実に近づいていた。席に着くなりメシを頬張り、充実した朝のトレッキングで消耗した体力を回復させる。続いて部屋に戻って散らかしまくった荷物をザックに押し込んでいくわけだが、この手の作業がどうも私は苦手で、出発時にどうやってパッキングしたんだっけなぁと首を傾げながらいつも詰めている。フロントに声をかけ、昨晩頼んでおいた弁当を受け取る。昼間はちょうど移動中なので、昼食をパックに詰めてもらっておいたのだ。
 慌ただしく支度を済ませ、すでに待たせてしまっている送迎車へと向かう途中、ルディが見送りに来てくれた。固い握手を交わし、だいぶ使い込んできた 「 トゥリマカシ ( ありがとうの意 ) 」 と共に、さっき暗記した 「 スラマッ ティンガル ( さようなら ) 」 も加えて別れを告げる。相変わらずルディの人の良さが出た笑顔に手を振りながら、車はゆっくりと宿を出た。



 今度のはジープではなく送迎用のマイクロバスみたいな車で進む。運転手もガイドというわけではなく、専任のドライバーのようだったので道中あまり生き物に期待はできなかったが、ちょうど車の真横にサルが出て来たので、さすがにワーワー言ってたら停まってくれた。






スンダブタオザル
スンダブタオザル Macaca nemestrina


 滑り込みでダナンバレーでのサルをもう一種。尻尾がブタのように短くクルンとしているので、豚尾猿。英名もそこに注目して “ PIG - TAILED MACAQUE ” と呼ばれる。ニホンザルM. fuscata と同属のマカクモンキーだが、顔は結構大きくて迫力がある。
 この個体はずいぶんと貫録があり、我々が車で真横につけようとも動じずに大あくびをしたり、どっしりと腰を落ち着かせたりしていた。同属のカニクイザルM. fascicularis やニホンザルがきゃっきゃ走り回ったりするのに比べると、こちらは幾分落ち着いている。3~4 個体くらいの群れでいて、藪から出ていたのは比較的体格の良いこの個体と、まだまだ危険を知らない幼い子供だった。




 まさかボルネオに来てここまでいろいろなサルに出会えるとは思っていなかったし、たくさん見ているとそれぞれの違いも見えてきて面白いもんだなぁと実感する。かつてはサルといったら私にとっては犬猿の仲の生き物で、昔はニホンザルのボスに喧嘩を売られたもんだ。


対峙
ボスとの対峙  ©Takehiro Kakegawa


 こちらの写真はリンク先のカケガエルくんからお借りした写真。
 カケガエルくんの誘いで行った丹沢で、ボスザルと対峙してしまったことがあった。最初あまりに逃げないので、アホみたく2人でおちょくりながら写真を撮っていたら、ついにボスがブチギレてこちらに猛突進。私より前に出て、私よりおちょくっていたカケガエルくんの逃げ足の速いことよ。仮にも先輩である私を身代りにして、気がつけば後ろから悠長に写真なんぞ撮っていやがる。
 3,4 回ほど、牙を見せながらの猛突進をしては私の2~3 m くらいで止まる威嚇を続けてきたが、その度に私の覇気と奇声で追い返していた。ただ私としてはかなり必死だったのだが、まさかこんな写真をヘラヘラと撮っている後輩を守るためにやっていたのかと思うと、なんとも腹立たしいではないか ( 笑 )

 この時はこれといった武器もなく、500 ml のペットボトルをチラつかせたり振り回したりするぐらいしかできなかったが、もし飛びかかられていたらやられていただろう。幸い何もなく大事には至らなかったが、猛烈に威嚇されたのでとても怖い思いをした。まぁ自業自得なんだけども。
 ただ後にも先にもこんなダサい写真はない。ヒル除けのためにジーパンを靴下にインして中腰に構え、唯一の武器であるペコペコのペットボトルをチラつかせている姿。あぁ、情けなくも懐かしい。


 そんな記憶が根底にあるもんだから、サルに対してはそんなに良い印象を抱いていなかったのだが、ボルネオではその根底を覆すほど楽しいサルたちとの出会いがあった。このままサル屋にでも転向したくなるような、新たな扉との出会いとなった。


 ダナンバレーのサルたちを想いながら車はジャングルを進む。この奥深き森での出会いは、そう得られるものではない。自然保護区のゲートを通過する際にひそかに想う。 「 ダナンバレーのサルたちよ、トゥリマカシ 」 と。



   ダナンバレーのサルたち
ダナンバレーのサルたち


 まだまだダナンバレー以外の場所でも見られたサルの記事を載せたいところだが、2016年もあとわずか。ということで、今年はここら辺で。
 ところで皆さん、2016年の干支って何だったか覚えていらっしゃいますか ? そうです、私にとってはとても素晴らしい申年となりました。来年もまだボルネオ記事は続きますが、相変わらず丹沢に行ったりして面白い生き物も見たりしていましたので、またボルネオシリーズが終わりましたら綴りたいと思います。


 今年も拙い当ブログをご愛読いただきましてありがとうございます。それでは皆様、よいお年を。



Category: 哺乳類  

Monster Monkey Morning 

 ● 亜細亜の熱帯雨林、ボルネオの旅 ●
プロローグ. 暗黒大陸への渡航
1. 旅の終わりは、旅の始まり
2. エアアジアの激情
3. それぞれの乾杯で繋がる世界
4. 伏線のポッポヘジュセヨ
5. 森の人の恩返し
6. ジープが停まる理由
7. Monster Monkey Morning 
8. まるまるこのもり
9. 虎とか豹とか虎とか
10. 熱帯猿紀行
11. ジュラシック・リバー・クルーズ
12. クルーズ拒まず、サルを追う
13. 真っ暗闇に漕ぎ出して
14. 真っ暗闇を抜け出して
15. おはようボルネオ
16. 花束を君に






 すっかり陽も暮れた頃、私たちは宿に戻り夕食のブュッフェに舌鼓をうっていた。欧米風の食事がありつつ、アジア料理ありつつといったところで、昼食の具合からある程度予想した通り、なかなかに豪華なものだった。中でも東南アジア地域で食べられている串焼き料理のサテが気に入った。エビや鶏肉を串焼きし、それに香辛料やピーナッツを混ぜたソースをつけて食べるもので、これがアジア風焼き鳥といったところで、日本の焼き鳥が好きな私にはもってこいだった。
 また、中華系の無愛想なシェフに目の前で作ってもらうチーズペンネも絶品だった。表情や調理している料理からはまったく想像できないギャップのあるうまさがとにかく面白かった。それからというもの、翌朝の目玉焼きだろうがヌードルだろうが、彼が調理担当をしているものをこぞってオーダーしにいき、 「 やっぱり彼のは絶品だ 」 とルンチョロサンと頷きあった。

 たらふく食べた夕食後は宿主催のナイトサファリに参加する。トラックの荷台に10人ほどが乗り込んで、夜のジャングルに突入するこのナイトサファリは、私にとっては初めての体験だったので大いに興奮した。
 これまでは仲間内でナイトドライブと呼称している、車内からハイビームのライトに照らされる生き物を探す方法しかしていなかったのだが、ナイトドライブはその性質上、直線的な範囲しか探せず、基本は路上に出てきている生き物を見つけることに主眼を置いている。 ( 窓から側溝や樹上を照らすこともあるが、それは角度や速度を窓が制限してしまうので自由度が低く、狙った生き物がいる場合以外はあまりやらなかった。 )
 しかし今回初体験であるナイトサファリというものは右も左も、さらには上も下も見渡せるトラックの荷台である。偶然路上に出てきた生き物だけでなく、樹上で活動しているやつ、茂みに隠れているやつなども見つけられる可能性があるので、どこを見ていれば良いのかわからなくなるほど見通しが利く。ただ、こちらにも欠点があり、それはメインターゲットが中型以上の哺乳類だということで、チマチマしたカエルやらヘビやらを見つけるような速度ではないということ。
 哺乳類に興味がないわけではないので、郷に入れば郷に従えの精神で、ボルネオウンピョウNeofelis diardi を当面の目標として漆黒のジャングルへと突入する。



トマスクロムササビ
トマスクロムササビ Aeromys thomasi


 まず現れた獣は遥か頭上より。事前の浅はかな哺乳類の知識では 「 大きくて赤毛のムササビ = オオアカムササビPetaurista petaurista 」 という認識であったが、宿に戻って図鑑を見てみると、尾の先端が黒くなっていないので、別種トマスクロムササビだということがわかった。 「 全然黒くないじゃんか 」 と、言ってやりたいチュウダイズアカアオバトTreron formosae medioximus 的な和名トラップ。
 非常に高い枝先で葉を食べているのか実を食べているのか、ときどき止まっては葉の塊に顔を突っ込んでいた。残念ながら滑空は見られず。



スイロク
スイロク Cervus unicolor


初め小さめのシカが出てきたのでマメジカTragulus の類いかと思ったのだが、なんてことはない、スイロクの幼獣だった。
こっちでいうニホンジカC. nippon みたいな存在で同属のシカ類。
 親とはぐれたのだろうか、よちよちと茂みの中へと消えていった。


 ナイトサファリ独特の慣習として面白かったのは、生き物を見つけた時の車の停め方だった。探す側の人は荷台にいるので、ハンドルやアクセル・ブレーキとは無縁の存在だが、いざ発見した際は車を停車させて観察しなければならない。車内の運転手に聞こえるよう荷台から 「 STOP ! 」 と叫べばブレーキを踏んでくれるが、生き物に感づかれて逃げられてしまう。
 そこでここのナイトサファリでは懐中電灯を使って運転手へと合図を送る。走行中に生き物を見つけた際は車前方 ( 10m くらいの距離 ) を光で叩くように2回タップする。その動きは運転に専念しているドライバーの視野に入るので、 【 止まれ 】 の合図として認識される。再発進の合図も同様に2回タップすることで車は動き出す。
 この文化は私の生き物探しになかったものだったので、終始面白くて動きを見ていたのだが、効果的なやり方だとは思うが運転手は生き物が見られないのが欠点だな。商売だから成り立つやり方であって、友人同士で遠征した時には使えないなぁとも思ったり。何気に車内でワイワイとくだらない話をしながら生き物探しをするナイトドライブの方が、旅の醍醐味だなぁなんてしんみり思ったみたりも。



 ウンピョウどころかベンガルヤマネコPrionailurus bengalensis やマレーヤマネコP. planiceps にすら会えずじまいで、これといってあまり成果がないまま帰還。夜風にあたりながらのナイトサファリはドキドキものだったが、雰囲気が良いだけで成果を挙げられなかったのが残念だ。


 宿周辺を名残惜しく散策してもこれまた空振り。とりあえず夜はおとなしく、モヤっとした感情を抱き枕と共に抱え込んで眠る。





朝のジャングル
朝靄に包まれるジャングル


 翌朝、前日同様に太陽と共に起きる。ただこちらの朝はジャングルの奥地ということで昨朝とは一味違っており、テナガザル ( ここら周辺だとヒガシボルネオハイイロテナガザルHylobates funereus だろう ) のコーリングが遠くからこちらに向かって鳴り響いていた。リズムでいうとクマゼミCryptotympana facialis が鳴くテンポのようで、文字に表わすと 「 ウーーーワ、ウーーワ、ウーワ、ウワ、ウワッ、ウワッ、ウワッ、ウワッ、ウワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ウーーーワッ 」 といったような具合に、軽快な鳴き声がまだ明けきらない森に響き渡っていた。
 海外フィールドらしい朝に胸を膨らませ、朝靄の残る森に出てみるも、相当遠くで鳴いていたようで辺りを見渡しても揺れている枝すら見当たらない。

 朝食前に散策してみるものの、コレといって収穫がないまま朝食の時間を迎える。




朝食
朝食


 朝食まで豪華なのは嬉しい限り。何気に朝食バイキングって好きなんだよなぁ、家族旅行とかで食べるホテルの朝食バイキングとか。
 こちらの通称マレー焼きそば、ミーゴレンは麺がもちもちしていておいしかったし、ハムもスパムに近い味で美味い美味い。この日は丸一日散策に使えるのでモリモリ食わなきゃと、とにかく食いまくって幸せな朝だった。


 ガイドのルディとの待ち合わせまで少し時間があったので、昨日の夕方宿に戻ってきた際に見つけた生き物のポイントにルンチョロサンと行ってみることにしたら、嬉しいことにそいつらにまた出会うことができた。



ボルネオコビトリス
ボルネオコビトリス Exilisciurus exilis


コビトリス !! 夕方、大木をちょこまかと動き回る生き物がいて、何かと近寄ってみると頭胴長 5cm くらいの小さなリスが縦横無人に跳び回っていたのだった。動きは早いし、細かい枝先にもピョンピョンと跳び移るので、哺乳類というよりは小鳥的な感覚。
 写真を撮るにはシャッタースピードも私のピント合わせも難しい薄暗い夕方だったが、朝日が差し込めばなんとか私にも写真が撮れた。どうやら彼らは主に朝と夕方に活動する生き物のようで、タイミングとしてはちょうど良かったのか、おそらく 3, 4 個体が近くで乱舞していた。 ( ちょこまかし過ぎて何個体いるのか把握しづらい )




ボルネオコビトリス
ボルネオコビトリス


 木と木の距離が近ければ枝伝いに移動するが、隣の木まで距離があるとヒョコヒョコと地面に降りてきてささっと駆け登る。この時はちょうど降りてきたところを狙えたので、ある程度の距離まで寄れた。
 改めて見るとなんとも珍妙な姿である。頭胴長でみれば3等身ほどの頭でっかちなプロポーションで、地面に降りている時こそこのような姿勢になっているが、垂直の木にいる時なんかは短い四肢を目一杯に伸ばしてへばりつくようにしている。それでいてそんな見た目とは裏腹にちょこちょこと跳び回る俊敏さも持ち合わせているので、なんともギャップがあって可愛らしい。
 個人的にはこいつらに鼻行類のムカシハナアルキArchirrhinos 的なものを感じる。 「 こいつの鼻が発達すれば、ムカシハナアルキの図版とそっくりなんだよなー 」 なんて不毛な事さえ考えさせてくれるほど、なんとも珍妙な生き物だった。



 そうこうしている内に待ち合わせの時間を迎える。玄関口にはガイドのルディと我々の他に、昨日のキャノピーウォークも一緒だったヨーロッパ系の夫婦 ( 名前を聞いていなかったので、奥さんがパワフルなタンクトップ女性でアンジェリーナジョリーを彷彿させるので、以後アンジー夫妻と呼ぶ ) と、初対面のテキサス州より来たエドワードとリサのアメリカ人夫婦の、計7人が集まった。このパーティーで宿の周囲にいくつもあるトレイルをトレッキングする。

 出発前に 「 これを使うと楽ですよ 」 とルディが玄関口に置いてある木の棒を、杖代わりに使う事を勧めてくれた。荷物も多いし、片手が塞がるのは不便だと思い私は遠慮し、他の人も特になくても大丈夫そうだったのだが、唯一リサだけが 「 ハハ~ンなるほど、いいわねぇ。これで猿どもと闘うってわけね 」 と棒を手に取り、ブンブン振り回していた。出た !! これが本物のアメリカンジョークってやつか。
 この瞬間、みんなが吹き出していたので笑いの共有ができて一体感のようなものも感じられた。これはなかなかに楽しいジャングルトレッキングになりそうだ。
 この時は英語がそれほど堪能ではない私でも、リサが調子に乗っているのがわかったが、モンスターパニックモノの映画だったらこの手の女は大抵最初にすぐやられるタイプだ。

--------------- 調子に乗って 「 コレがあれば大丈夫よ 」 とリサが1人でフラフラ離れると、目の前に突然 3m くらいのモンスターモンキーが。果敢に木の棒で交戦するも役には立たず、棒を捨てて逃げるもあっけなく食われてしまう。
 なかなか戻りの遅いリサを探しにエドワードたちがやってきたところ、血まみれの木の棒が見つかる。 「 リサの棒だ 」 と拾いあげるエドワードの後ろに、なんと黒い影が ・・・ ----------------------------

 映画だったらこんなパターンだよなぁと不謹慎な妄想話をルンチョロサンに振ると、 「 そしたら次にやられるのはボクらでしょうね。 」 と返された。 【 現地人ガイド・アメリカ人夫婦・ヨーロッパ人夫婦・アジア人男2人組 】 のパーティーだったら確かにそうだなぁと妙に納得してしまった。きっと最後まで生き残るのは、妻を失った復讐心のあるエドワードとか、パワフルウーマンのアンジーだろう。決して我々ではない。おそらくストーリーにはあまり絡まずの、モンスターの恐怖描写を煽る要員ポジションだろうな、私たちは (笑)
 たとえこんなことを話していても、日本語なので遠慮せずにベラベラしゃべれるのが面白いところ。まぁ聞こえていても悪口ではないけども。


 ということで、この駄作映画で終わるであろう 【 Monster Monkey Morning ~ 怪物猿の朝に ~ 】 ( 略してモンモンモー ) の幕開けとなった。




橋を渡る


 大きな川を越えなければならず、橋を渡る。キャノピーもそうだが、やはり吊り橋はワクワクして冒険心がそそられる。
橋を渡るとトレイルは登りが増え、山登りの要素を増していく。
 すると出発時の軽口はどうしたことやら、リサの足並みが段々と重くなってくる。 『 こうなるといよいよモンスターモンキーのお出ましだな 』 なんて思っていると、付近の木が不穏にガサガサと音を立て始める。



クリイロコノハザル
クリイロコノハザル Presbytis rubicunda


 現れたのはクリイロコノハザルの群れだった。ちょうど我々のグループと彼らの群れの進行ルートが交わったようで、すぐ目の前に5,6頭の群れが思い思いに過ごしている。木々の隙間から見えるその栗色の体毛は、緑の多いジャングルではよく目立ち、存在を主張して我々人間など眼中にないように自由気ままに振舞っている。ちょうど真上にいる個体を捉えると、逆光で透けている体毛が金色に輝いて美しい。それでいて長い四肢と尾が彼らの優雅さを助長していて、何とも神々しく、おおよそ現実世界の生き物とは思えないような高貴さを漂わせていた。
 暗い森の中での遭遇だったが、わずかな光を明るい体色が吸収しているためなんとか撮影することができた。また距離が近いので、望遠レンズではかなり寄れる好条件だった。



クリイロコノハザル
クリイロコノハザル


 この個体なんかはすぐそばで食事すら始めてしまう。彼が食事中に警戒していたのは、 「 すげーすげー 」 と感嘆の声をあげている人でも、パシャパシャとシャッターを切っている人でもなく、他の群れのメンバーがじゃれてきて食事を邪魔してこないかである。
 この時も口に葉っぱを頬張りながらも、上で追いかけっこしている若い個体たちばかりを気にしていた。それほどまでに我々人間に対しては興味すら抱いてもらえないようだった。


 彼らコノハザルの仲間はその食性からリーフモンキーと呼ばれたり、ラングールの名称が使われたりするので、本種に対しては 「 クリイロリーフモンキー 」 や 「 マロンラングール 」 などの和名が当てられたりもする。 ( 特に前者が多く使われる )  
 どちらも英名のカタカナ読みでどうにもしっくりこないので、昔の図鑑に使用されるコノハザルを当ブログでは採用。 【 世界哺乳類和名辞典 】 にも載っているし、このほうが私的には好み。




クリイロコノハザル
クリイロコノハザル


 配色的には日本の動物園で比較的見られるキンシコウRhinopithecus roxellana に似ているがあちらほど厳つい顔をしていない。どちらかというと人間でいう眉毛の位置にあたる体毛の生え際が、ななめに下がっているのでなんとも情けないような顔をしている。それがまた哀愁があって、活発に跳び回る姿とギャップがありこのサルを好きにさせる要因にもなっている。



 リサの方を見てみると、この可愛らしいサルたちに囲まれて瞳をうっとりとさせているのが見てとれた。
アメリカンジョークではブッ叩く目的に使われるはずの木の棒も、今ではメロメロになって力が抜けかけている彼女を支える杖として役目を果たしているのは喜ばしい限りだ。この調子でモンスターパニック映画的な展開にならないことを祈るばかりである。


 素敵なサルたちとの遭遇もあっという間で、気がつけば1頭また1頭と、輝く金色の毛が深い緑色のジャングルへと溶けて消えていく。その眩しすぎる残像がまだ瞳に焼き付いている。その残像までもが無くなるまで、彼らを見送った。
 良い出会いがあったからか、心なしか足が軽い。これからさらに山道を登り詰めなければならないが、あんな生き物が出てくるならばと、足はもう1歩前へ、あと1歩上へ。




Category: 哺乳類  

森の人の恩返し

 ● 亜細亜の熱帯雨林、ボルネオの旅 ●
プロローグ. 暗黒大陸への渡航
1. 旅の終わりは、旅の始まり
2. エアアジアの激情
3. それぞれの乾杯で繋がる世界
4. 伏線のポッポヘジュセヨ
5. 森の人の恩返し
6. ジープが停まる理由
7. Monster Monkey Morning 
8. まるまるこのもり
9. 虎とか豹とか虎とか
10. 熱帯猿紀行
11. ジュラシック・リバー・クルーズ
12. クルーズ拒まず、サルを追う
13. 真っ暗闇に漕ぎ出して
14. 真っ暗闇を抜け出して
15. おはようボルネオ
16. 花束を君に







 迎えの車が到着した。昨晩案内をしてくれたミンは朝食後、フランス人家族と共にジャングルへと出掛けてしまったので、別れの挨拶も手短にしかできなかったのが残念である。
 彼はナイトハイクの後こんなことも言っていた。

 「 オレはいつか日本に行ってみたい。 」 なぜかと問うと、 「 日本では仕事をしたい。良い仕事がいっぱいあって、お金も結構もらえるんだろ ? 」 と。

 まるで文庫本で読んだ小林紀晴の 【 アジアロード 】 の話に重なった。小林紀晴はアジア各国を旅する中で、その土地に住む様々な人と出会い、コミュニケーションをとり、旅行雑誌からはまったく読みとれないような生の声に耳を傾けていた。ネットなどで普及している抽象的な文化観ではなく、そこに一歩立ち入った “ 文化の中の個 ” についていろいろとエピソードを綴っているのが面白い。 「 ○○ 人だからこう 」 という見方ではなく 「 ○○ 人の ○○ 君はこうだった 」 という具合にそれぞれの人となりをみている。
 この本の中で何人ものアジア人が出てくるわけだが、 「 日本で働きたい 」 という人がよく出てくる。みんな意欲的で、生きるためにお金を稼ぎたいという強い意志があった。 「 大学出たから次は就職だ 」 とか 「 ウチの会社マジでブラックだよー 」 みたいな流動的で受け身な働き方ではないものを目指している。その登場人物たちに私が直接会ったわけではないが、彼らと同じような目をミンがしているように感じた瞬間だった。
 そんな目で見られると、果たして自分はどんな気持ちでサラリーマンしているんだろうと考えさせられる。もしミンが日本に来るようならば、仕事は紹介できないが、今度は逆に日本の自然を案内してあげようと素直に思える青年だった。


 名残惜しいが宿のスタッフに挨拶をして車に乗り込む。今度は来た時と同じドライバーであるベトリックという青年だけである。彼は歳でいうとミンと同じか少し若いくらいで、いつもキャップを後ろ向きに被っているイケてるにいちゃん。口数こそ少ないが運転はうまい。
 ただこの “ 運転がうまい ” にも種類があり、彼はレーサータイプのうまい方だった。宿までの道は未舗装のダートコースで、道幅も狭く途中途中で溝があったり穴があったりなかなかに激しい道が続くのだが、彼はガンガン攻める。よくそのスピードでコースアウトしないものだなぁと感心する間もなく、ガッコンガッコン車内は揺れて朝のパンケーキがメープルシロップ付きで戻ってきそうなくらいだったのを覚えている。
 こちとら金払ってるのにえらいハンドル捌きだなぁとルンチョロサンに同意を求めようとしたら、なんと彼は隣の席でウトウトしてやがる !!

 私たち仲間内では石垣島 - 西表島間のフェリーはやたらと揺れるが、それが心地好い揺れで眠くなるという話があった。その時は自分も眠くなったので 「 そうそう 」 、と同意していたのだが、彼にとってはまさにそれと同じ原理だというのだ、ベトリックの運転は。
 いやいや陸と海ではだいぶ違う。砂利やら石やらをゴリゴリと踏んでいる感覚がタイヤを通じて伝わってくるし、船のように 『 ザッパーン、ザッパーン 』 とある程度規則的に揺れるのではなく、不規則にそして唐突に揺れるので、構えていても受け身がとれないような状態なので私は全然慣れなかった。まったく、なんてたくましいやつだ。
 スヤスヤと眠るルンチョロサンを尻目に、 『 胃液にメープルが混ざるから甘酸っぱいかしら? 』 などと不毛な事を考えているうちに、中継地点であるジャンクションに到着。


 ここからは今晩泊まる宿の送迎車に乗り換えるため、ベトリックとはここでお別れ。新たなジープに乗り込みダナンバレーのさらに奥を目指す。



 今度の運転手はドライバー兼ガイドのリズワンという40代前半くらいのレンジャー風の男。彼は実に紳士的で、ベトリックとは違った意味で “ 運転がうまい ” 。揺れを最小限に抑えつつ、生き物を探しながらのゆっくりとしたドライブで、途中池で羽を乾かすアジアヘビウAnhinga melanogaster を見つけたり、飛翔しているタカ類をルンチョロサンが見つけたりするほど、楽しい移動となった。



故障ジープ
故障ジープ


 道中オンボロのジープが立ち往生していた。道から外れてしまい、ぬかるみにタイヤをとられたところへ我々がちょうど通りかかったようだった。

 映画みたいな話だけど、リズワンはこれをロープで引き上げるという。ロープの両端をそれぞれの車に結び付け、ギアをバックに入れてブルンブルンと後退していく。するとイメージとは違って案外あっさりと引っ張り上げることに成功し、困り顔だったオヤジにも笑顔が戻った。

 これまで空港や宿で盛んに言っていたマレーシア語で 『 ありがとう 』 を意味する 「 トゥリマカシ 」 。やはり感謝は現地の言葉で述べたい。そう思って使っていた言葉だったが、今回は立場が逆転したようで、立ち往生していたオヤジに 「 トゥリマカシ 」 と礼を言われる。
 こんなとき、なんと返せば良いかはわかっている。だってこれまで散々言われてきた言葉だもの。


 「 サマサマ~ 」 ( どういたしましての意 )


 我々みたいな外国人にあまり言われ慣れていない言葉なのだろう、オヤジは照れ臭そうに我々の車を見送った。


 車内はさらに楽しげな空気へと一変し、 「 おいおい、そんな言葉どこで覚えたんだぁ? 」 とリズワンも上機嫌。おそらくここで運気が流れ込んできたのだろう。ダートコースの揺れる車内から、数十 m 先の樹上にいる、ボルネオに来るならば頭の片隅に絶対に置いているであろうあの生き物を、ルンチョロサンの凄まじい眼力が捉えた。






ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン Pongo pygmaeus


 そう、 “ 森の人 ” 、オランウータンである。

 初めての生き物というのはサイズ感だったり、隠れている場所だったり、経験に基づいて探すことがなかなか難しいので、まずそう簡単には見つけられず誰かに先を越される場合が多い。特に経験値のある人と同行する場合は。ベテラン風のガイドであるリズワンでさえ見落としていたその生き物を、初ボルネオであるルンチョロサンは見つけてしまうのだ。やはり彼の眼はすごい。
 そしてリズワンさえも驚いて彼を褒めていた。





ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン


 すごい格好で食事する。これではどれが腕でどれが足だか一瞬迷うほど。このように基本的に3点で体を固定して、残りの1本の腕で口に運んでいるのがよく見られた。樹上では足も腕と同じように機能するのだろう。
 新大陸のサルではさらにもう1本の腕とも言われる尾も加わるので、彼らの動きがどうなるのかも興味深いところだ。








ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン


 檻や柵など、我々とオランウータンを遮るものは何もない。近づこうと思えば近づけるし、襲おうと思われれば襲われる、見世物と観客の関係では味わえない緊張感のある距離で野生のオランウータンと対峙していた。
 向こうはこちらを意識しつつも食事に専念しているようで、枝から枝へ、ブラキエーション ( 腕渡り ) で移動し、小さい赤い木の実を食べていた。まさか目の前でブラキエーションをしているオランウータンに出会えるとは思いもよらなかったので感動である。


 これまでの装備では遠すぎて赤茶色の毛玉にしか写らなかったオランウータンも望遠レンズ導入のおかげでなんとか写る。とはいっても望遠レンズの中では焦点距離の短いほうだが。遠い距離にいる鳥類や哺乳類などの毛物を撮るだけならば三脚をつけてドカンと長いレンズにすれば良いのだが、私は小さいのも撮りたいし、登山もしたいし、石も捲りたい。スネークフックも長靴も図鑑も持ち歩きたいので、それらを考慮すると装備というのは限られてくるわけで、今回改めて望遠レンズは手持ち出来るレンズに限るなと思った。
 ジャングルを闊歩するのに、長玉は重すぎる。


 ということで、良い距離間でオランウータンと対峙することができた。まだベースの宿にすら着いていないのに楽しすぎるぞボルネオよ。ダートコースを揺られること2時間ほど。ようやく目的の宿に辿り着いたのと、メープルシロップが戻ってこなかったことに安堵する。




ウェルカムドリンク
ウェルカムドリンク


 こちらは初日の宿泊先よりも高額な宿なもんで、到着するや否やウェルカムドリンクにパウンドケーキ、レモングラスの香りがするおしぼりにレイと、なかなか豪華な 【 お・も・て・な・し OMOTENASHI 】
 ロビーを見渡すといかにも裕福そうな欧米のカップルやファミリーしかおらず、小汚いアジア人の男2人組なんてのはどこを探しても見つからなかった。そんな中でパスポートくらいのサイズのパウンドケーキを2口ほどで食ってしまうルンチョロサンと、良い香りのおしぼりでベタベタの顔を拭いてしまう私の、不釣り合いなことよ。些か場違い感のある我々だったが、働いているスタッフやガイドの面々は、我々と同じく平たい顔族なので、そこまでの疎外感は感じなかったのが唯一の救いか。

 スタッフから宿の案内を聞いた後に、今回の旅のガイドを紹介される。名をルディという。年はミンと同じくらいの20代の青年だが、性格はミンとは対照的に真面目でお堅そうな雰囲気の青年だ。胸元にヤイロチョウPitta のワッペンをあしらったガイドお揃いの襟付きシャツをキッチリ着こなしていて、Tシャツ1枚のラフなミンとは大違いだった分、正直仲良くなれるかは少し不安だった。
 カチッとした自己紹介を終えると、部屋に案内される前に昼食だという。




昼食
昼食


 メシは3食とも豪華ビュッフェスタイル。周りの客層、出される食事、豪華な内装、至れり尽くせりのおもてなし。そのすべてが 『 自分が途端にセレブにでもなった 』 と勘違いさせるのにほとんど時間はいらなかった。
 心なしか 「 Yes. 」 も脳内変換では 「 はい 」 ではなく低音ボイスで 「 あぁ 」 と再生されていた気がする。

 それもこんなジャングルビューでメシが食えるなんて夢みたいだ。食事中、目の前の森では2個体のカニクイザルMacaca fascicularis の子供が戯れたり、色鮮やかな種々の鳥たちが飛び交うトロピカルなランチ。ついつい生き物が出る度に目の前のテラスに降りては観察をしていたので食事どころではない。
 ただ周りの欧米人たちは優雅に足を組みながら外を眺め、 「 ホラ、あそこにサルがいるよ、ハハハ。 」 とまるで風景の一部を楽しむように、たまに顔を向ける程度だった。果たして彼らから見た私たちは、そちら側だったのか、それともカニクイザル側だったのか。






部屋
部屋とルンチョロサン ( と私 )


 気が気じゃないランチを終えて案内された部屋は、これまた勘違いしそうなくらいに豪華な部屋。クーラー完備だし、ベッドデカイし、シャワールームは清潔感溢れるし。
 人間をダメにしてしまいそうな豪華な作りの部屋で、たらふく食べた胃内容物をゆっくり消化し、いよいよジャングルに赴く。




 ルディと待ち合わせるとさっそく 「 宿の近くにオランウータンが出た 」 と言う。とにかく現場に直行だ。






ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン


 慌ててその場所に向かってみると、なんとここに来る途中に出会ったヤツよりも大きな赤茶色の塊が、大木の枝分かれした根元にいるのがわかった。どうやらこの木に実った果実を食べに来ているようだ。
 明らかに大きいその体躯では最初に見た個体のように枝先までブラキエーションしていたら枝が支えられないのだろう、丈夫な太い部分でたまにこちらを気にしながらも、むしゃむしゃと食事の手を止めない。







ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン


 顔を見れば、彼の存在も一目瞭然。 “ フランジオス ” だ。オスの中でも一部の優位なオスのみに表れる特徴で、両頬が大きく肥大化し、頬だこ ( フランジ ) を発達させることから、そう呼ばれる。反対に発達していないオスに対しては “ アンフランジオス ” という名称が使われる。
 特徴は頬だこだけではない。フランジオスは体躯も丸みを帯びて大きくなり、ロングコールをするためにのど袋も発達させる。彼らは普段単独で棲息しているため、フランジオスのロングコールは非常に影響力があり、メスには自身の居場所を知らせて誘うため、他のオスには牽制の意味を持つ。群れ社会を形成するわけではない彼らにとっては、こういう強者との位置関係が非常に重要になってくるのだろう。

 フランジの発達には生理学的に言えばテストステロンが関わっているようで、動物園などではその濃度を計測してフランジになるかどうかを調べているようである。また形態的にはフランジオスの頭骨には矢状稜が発達しており、フランジを支えるための筋肉が付くらしいが、アンフランジオスも潜在的に発達しているもんなのか、テストステロンなどのホルモンの影響でムクムクと骨が発達するのかはちゃんと調べていないのでようわからん。 ( イメージとしては潜在的に発達してそうだけど。 )

 まぁそんな頭でっかちな事よりも、とにかく見た目がカッコイイ、そんな直感的な部分でフランジオスが好きである。



パンノキ
パンノキの一種 Artocarpus sp.


 オランウータンが食べていた果実。ルディによるとジャックフルーツAr. heterophyllus の仲間だという。ただ彼はこうも付け加える。 「 ジャックフルーツの仲間はいくつかあるが、何かはわからないよ 」 と。
 人によっては 「 ガイドのくせに知らねーのかよ 」 なんて感想を抱いてしまうかもしれないが、この一言に私は非常に好感が持てた。ガイドだからと言って 「 あれはライオンだ、これはシマウマだ 」 などの断定的な事に対し疑問を持たないのは、それはサイエンスではないと思っている。自分の知り得る範囲での助言ならば、それは同定であり、 「 ここまではわかります 」 という意思表示になるのだ。
 応答一つとっても、その人がどういう風に生き物をみているかがわかるので、 「 わからない 」 という返答が、逆にルディを信用できるきっかけになった。

 このフルーツで有名なのがルディも名前を挙げたジャックフルーツで、パンノキの仲間に含まれる。ボルネオ島とその周辺地域に特産でニオイパンノキAr. odoratissimus という種がありそれかとも思ったが、葉があまり裂けないようなので違う種類だろう。ジャックフルーツも果実は幹に付けるようなので違うし、広域分布種のパンノキAr. altilis だろうか。






ボルネオオランウータン
ボルネオオランウータン


 まだ手に持って食べているというのに、すでに次の果実を足で掴んでいる欲張りっぷり。大型類人猿なだけあって、どうにも表情が人間臭くて見ていて飽きない。
 この個体はフランジオスであったが、このフランジというのはまだまだ大きくなる。個体によっては体つきもがっちりし過ぎて、樹上を移動するのも困難になって地上で移動する機会も多く見られるほどだ。

 当ブログでは最近の分類を反映させてオランウータンをボルネオオランウータンとスマトラオランウータンPo. abeliiに分けて取り扱う。2種の違いとしては体毛の色や長さもあるが、何よりフランジオスの見た目が大きく異なる。ボルネオオランウータンのほうがフランジオスの頬だこは発達し、体も丸みを帯びる一方で、スマトラオランウータンはそこまで大きくならないのだ。
 だからこないだ映画でやってたジャングルブックに出て来たオランウータンはボルネオがモデルだろう。



 しかしこんな早々にボルネオオランウータンのフランジオスに出会えるとは思わなかった。これもきっと道中助けたオヤジの恩返しだろう。コタキナバルからラハダトまでの飛行機の窓から見下ろしたボルネオの土地は、その多くをアブラヤシElaeis のプランテーションが占めていたため、難しいのではないだろうかと思っていただけに嬉しい出会いだ。それだけこのダナンバレーの森は豊かだということなんだろう。



 そして興奮冷めやらぬまま、その深い森へと漕ぎ出していく。まだ来たばかりだというのに、宿だけでなくジャングルからも歓迎のおもてなしをされたような気分だった。






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彼はシシ神様になって

 奈良の渓流を朝歩く。滝のマイナスイオンたっぷりのシャワーと、カラ類の可愛らしい鳴き声のシャワーで、寝不足気味の疲れを癒していた。
 すると遠くのほうでカラスみたいなカケスみたいな、お世辞にも綺麗とは言い難い鳴き声が響いていた。

「ん? 何の鳴き声だろう?」

 けれどそこまで気にも留めず、湿気の多い谷底で潤った植物たちを撮っていた。すると5分後、今度は近い距離でそれも少し高い位置からその鳴き声が岩肌に反響しながら降ってきた。目線を音源の方へ向けると、そこにいたのはカラスでもカケスでも、そもそも鳥類ですらなかった。







ニホンカモシカ
ニホンカモシカ Capricornis crispus


 カモシカだ。思わず息を呑むほど神々しく私の目に映っていた。それはきっと朝も早かったために、太陽光が上からではなく横から差し込んでいて、木々が落とす影が長いので高コントラストに映ったからだろう。また大自然の中でお互いしか目に入っていないかのように、見つめ合っていたのでなんだか心を見透かされていそうな気分になった。
 彼の眼は力強く、「もののけ姫」でアシタカが初めてシシ神のシルエットを木々の合間から見たような、そんな雰囲気を感じた。あのシーンの描き方が私はすごく好きで、本当に山や森の奥でシカなんかの哺乳類を見つけたときは、手前の木から徐々に徐々に奥の木にピントが合っていき、最終的に対象物を見つける。
 それはまさにあのシーンと同じように目に映るので、そういった物の見方を宮崎駿監督はアニメーションとして表現できているのだから、改めて日本アニメの技術力はすごいなぁと圧倒される。
 高い位置から見下ろされていたのと、シシ神とイメージが重なったのとで、より神々しいと思ったんだろう。ただ最初に聞いたカケスみたいな鳴き声の主はこのカモシカだったようで、しばらく私を観察すると特に取るに足らない相手だとわかったようで、見た目によらず変な鳴き声を発して山の上へと軽々姿を消して行った。


 実は大学時代に紀伊半島を訪れた時もカモシカに会っていた。もしかしたらあの時の個体だったのだろうか。警戒音みたいな声だったのに近くまで見に来たわけだし、互いに見つめ合っているときに何かシンパシーみたいなものを感じたような気がした。
 まぁそんなもん、雰囲気に呑まれて勝手に妄想しているだけなんだろうけど、それを否定する要素も見当たらないわけだし、もしかしたら本当にあの時の彼だったのかもしれない。

 うん、きっとそうだ。

 私はそう思うようにした。そしたらなんだか、グッと思い出深い再会のような気がして、この写真をみると心が温まる。






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冒険心のたいまつで

つづき



 それは房総を訪れる前日のこと。ちょうどその日も休みだったので、房総の生物相の予習のために隣町の大きな図書館へと自転車を漕いだ。
 スマートフォンをイジってネットの情報を集めながら、いくつか見繕った書籍の頁を同時並行でめくって、煩雑な情報たちを小さい脳ミソで処理していた。その散らかった脳内の小部屋で、先の廃隧道を見つけたのである。
 千葉県は特別高い山はないのだが、養老渓谷をはじめとしていくつもの山谷が存在する。その山谷には使われなくなった素掘りの隧道が数多く残されており、冒険・秘境好きからオカルト好きまで、その筋のマニア達の間では有名らしい。
 そんな情報を秘境好きのバイカーの日記から見つけ出し、『 むむむ、この隧道は・・・』 と調べ進むと、 “ ビンゴ !! ” 予想通りの情報が芋づる式に引っ張り出せた。あいにく県外の2万5千分の1の地形図はなかったものの、だいぶコアなところに需要がありそうな秘境本が奇跡的にも図書館の蔵書にあり、そこからルートも入手できて準備は整ったのだった。



隧道


 ルートを書き込んだ地形図を読みつつ沢を登り、不気味に口を開く廃隧道になんとか辿り着くことができた。この入り口に到達することで、今回のフィールディングの7割方の目標は達成できたといえる。残りの3割ばかりのお楽しみはこの闇の中。
 入る前に諸々の準備を整えている2人だが目の前のワクワクで、潜めるよう努めていた声でさえ熱がこもっているのがわかった。まるで小学生のときに近所の山を探険したような、淡く微笑ましい少年時代の冒険心が呼び起こされる。この歳になってもあの時の感情は持ち続けているみたいで、それが今や近所の山だったのが、アクアラインを越えて車で移動できるほどの行動力が伴なっているだけだ。そんな熱い冒険心の炎で “ 心のたいまつ ” を燃やし、暗い隧道へと足を踏み入れる。





キクガシラコウモリ
キクガシラコウモリ Rhinolophus ferrumequinum


 中はジメっと湿度が保たれ、ぬかるんだ地面を踏みつける 「 ネチャッ、ネチャッ、」という不快な音が暗い隧道内に反響していた。まるで何かデカイ化物に喰われて、出口を求めて腹の中をさ迷っているようなそんな感覚。
 隧道に入ってしばらくすると、天井からぶら下がるキクガシラコウモリを見つけた。これです、これです、これなんです !! 見たかったというのは。この光景を見るために3時間弱もかけて険しい山道を登ったり、飲み物を忘れたとかいうTOGUくんに私の慈悲で貴重なお茶をくれてやったりしたわけです。


 本種は休眠時に翼で体をすっぽり覆い、洞窟の凹凸に指を引っかけてぶら下がっていて、まさに我々がイラストで目にするようなイメージ通りのコウモリである。これを見た途端、 「 いたぁーーーっ !! 」 と小声を出すときの喉の狭め方で、それでも声量は抑え切れていないような興奮混じりの声が出てしまった。だが多少の物音では彼らは動じず、せいぜい隧道に入り込んでくる風や己の身震いでブラブラと揺れる程度だったので、真下まで接近して観察することができた。



キクガシラコウモリ
キクガシラコウモリ


 奥の天井にも光を転じてみると、そこには夢に見たような、たくさんのキクガシラコウモリがぶら下がっていた。蝙蝠団子になった彼らは翼をたたみ、ふわっふわの体を寄せ合ってまるで何か一房の果実のようだった。こいつらはしきりにモニモニ動いて互いを暖め合っているいるようにもみえた。毛色も栗色で温かみがあり、薄汚さはまるでない。
 それでいて覚醒している個体もおり、右上の個体はつぶらな瞳でこちらの様子を窺っていた。



キクガシラコウモリ
キクガシラコウモリ


 もぎ取れそうな位置にも実っている。もう表現としては壁面に 『 とまっている 』 ではなく 『 実っている 』 だ。荒い鼻息がかかりそうなほど近づいて、 「 すげーすげー 」 とアホな言葉しか出なくとも、彼らは動じない。
 これじゃあ本当に果物じゃないか。そうかこれがフルーツバットだな !! (違うか笑)



キクガシラコウモリ
キクガシラコウモリ


 寝顔のチラリズム。猛烈可愛らしい。典型的なコウモリのブタ鼻イメージの顔でブサイク顔だと思っていたが、至近距離のもふもふでこの顔は可愛すぎる。
 この特徴的な鼻は鼻葉という器官で、キクガシラコウモリ上科のコウモリが有する。他のコウモリが口から超音波を出すのに対して、彼らは鼻葉で音波を収束して発しているため、より高度なエコーロケーションを可能にしている。

 この鼻葉はブタ鼻に例えられるだけでなく、英名ではHorseshoe bat というように馬蹄とされたり、和名では菊頭とされたり、属名のRhinolophus が【サイの ( Rhino- ) とさか ( lophus ) 】 とされていたりと、多岐に渡っている。中でもサイのトサカというのは一見遠いようにも思えるが、鼻葉の後葉 ( 顔を正面からみて上部 ) が角のように三角に尖っているので、言われてみれば確かにそれもアリだなと。むしろ私はそれを推していきたいな、 “ ライノロプス ” という響きがカッコ良すぎる。





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ユビナガコウモリ Miniopterus fuliginosus


 岩の割れ目には2個体のユビナガコウモリを見た。彼らも大集団で蝙蝠団子を形成する写真を見かけることが多いので、今回はたくさん見られるんだろうと高を括っていたのだが、今回はこの2個体のみだった。あとはひたすらキクガシラ、キクガシラ。コキクガシラコウモリR. cornutus も見られると思っていたのに・・・

 和名の通り、本種は指骨が長いため翼が細長い形態をしている。その形によって素早い飛行が可能になり、広い行動圏で多くの餌を獲得する。
 反対に前述のキクガシラコウモリの仲間は翼が幅広く短い形をしており、小回りの効く形態なので森林内を自在に飛び回って飛翔昆虫を捕らえることを可能にしている。
 同じ洞窟性である2種のコウモリだが、翼の形は大きく異なる。


 また最近知ったのだが超音波の高さもこの生活様式に関わりがあって、低い周波数は空気中に吸収されにくく広範囲まで届くが、反響したものの細かい形までは解析できない。
対して高い周波数は距離こそ遠くまで届かないが、細かい姿形を認識できるようである。
つまりユビナガは低く、キクガシラは高いというのだ。
すると面白いことに、それぞれの狩り場にあった翼の形・超音波の高さを持っているようで、下の図のように大きく分けて2つのタイプに分かれるようだ。



洞窟性コウモリ表
洞窟性コウモリ2種の形質と生態


 キクガシラコウモリのように入り組んだ林内を飛び回るコウモリは、小回りの効く幅広い翼で、高い周波数の超音波によって獲物と障害物とを認識しながら狩りをする。
 対してユビナガコウモリのように開けた土地を飛行するコウモリは、羽ばたく力の強い細長い翼で、遠距離まで届く低い周波数の超音波によって広範囲に渡って狩りをする。

 つまり両種が同じ洞窟に生息していても、形質の違いによって狩り場が重複せずに棲み分けができているようだ。改めてよくできてるなと感心させられる。それぞれがその道のプロハンターなわけで、そうなるように進化したのだろう。
 今回はキクガシラコウモリが多く良く観察できたため、また私の好きなテングコウモリMurina hilgendorfi もキクガシラコウモリと同じく広短型のコウモリなので、どうやら私はこちらのグループが好きなようである。やはり時代はライノロプスだぜ。







 そして迫る夕闇から逃れるようにして急いで下山。隧道に辿り着くまででずいぶん時間がかかったのだから、多少下りだとしても帰りもそれなりの時間がかかる。しかも昼食はアルフォートのホワイトだけ。エネルギーが足りなさすぎる。
 車で市街地に戻ってくるまでに辺りは真っ暗で雷鳴轟き、大粒の雨が降ってきた。もう少しのんびりしていたら大変だったなぁと安堵しつつも、本当はもう一か所ポイントを巡りたかったのだが悪天候により断念したのが悔しい。

 まぁそれよりあとはメシだ。せっかくだからおいしいお魚の天丼やら海鮮丼を食って帰ろうと話していたはずだったのに、昼メシを逃したのが痛手だった。もう 『 肉をたらふく食いたい !! 』 という男子高校生的食欲になっていたので、駅前の牛角で焼き肉食い放題にした。わざわざ来たのに全国展開の焼き肉を選んでしまう状況が悲しい・・・
 でもやはりフィールド後だからうまいうまい。やっぱ肉ですよ肉。海鮮の事なんかすっかり忘れて、目の前のカルビどもをひたすら胃袋に送り届けた。
 んでデザートは1品だけだったので、欲張ってそのジャンルに入らない 『 黒糖おさつバター 』 という大学芋みたいのを最後にアイスと共に注文したのだが、そろそろ最終バスの時刻が迫ってきていた。猛ダッシュでデザートを頬張っていたらまさかのTOGUくんの裏切り 「 いもはいらん 」 発言。
 もうね、肉で腹ぱんぱんだっつうのにいもなんか入んないっすよ、一人じゃ。彼の発言には耳を疑いましたよ。んでアイスでいもを流し込むという荒技で全部おなかに詰め込んで、最終バスにギリギリ間に合いました。
 どうしてこう帰りはギリギリになっちゃうんだろ。西表島の帰りにルートビアおかわりしまくってたのと変わんないな。

 まぁTOGUくんには感謝感謝ですよ。道中文句言いまくったけどね、彼がいなかったらこんなフィールドには来れませんから。また、オオキンカメムシEucorysses grandis のときはよろしくお願いしますよー。




キクガシラコウモリ
キクガシラコウモリと隧道


 バスに揺られて夢をみた。まだ隧道の中にいた気がする。コウモリと特徴的な形の素掘り隧道の情景が忘れられない。またどこかにコウモリを探しに行こう。




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高架下のミケ

ノラネコ
イエネコ Felis silvestris catus


――― そこはヤツの縄張りだった。
――― オレは知らずに足を踏み入れたらしい。これでも忍び足には自信があったんだけど、腹が減って判断力が鈍っていたようでうっかり風上に立っていたみたいだ。 「 こんなことになるくらいだったら野ネズミの1匹でも食ってから出掛けれゃよかった 」 なんて考えても後の祭りだ、まずはこの状況をどう切り抜けるかだ。
――― 普通のネコならまず気付かないこの距離で、微かな匂いの変化に反応した真ん中の三毛のアイツ。おそらくここらを治めるボスだろう、明らかに周りのヤツらよりも気迫に満ちていて、テリトリーに入ってきたオレから全く目を離さず睨みつけている。
――― 尻尾を巻いて逃げるべきだろうか。でもここで逃げたとしてもヤツの追手にすぐ囲まれて、ボロボロになっちまう。

――― だったらやるのか?? やるのか!?  やれのか!!??

――― 肉球にしまい込んだ鋭い爪、熱を帯びて逆立つ毛、息づかいで静かに温まる牙、オレの身体すべてが戦闘態勢となっていた。近づく距離。手下どもが低く唸り今にも飛び出してきそうだったが、ヤツはそれを制しゆっくりと音も立てずに地面に足をついた。




――― 最後に覚えているのは、眼前に迫ったヤツの冷たい眼と振りかざされた前足、そこからの記憶はない。気がついたのはバケツをひっくり返したような雨音が聞こえて目が覚めたからだ。でもなんでだろう、こんな大雨なのに身体が濡れていないなんて。そうか、オレはヤツに挑んで敗れたんだ。それでこの高架下でぶっ倒れてる。この場所は良いな、こんな大雨だっていうのに濡れないなんて。
――― ケンカには自信があった。これまでいくつものボスを倒しては、そのグループでのさばっていた。でも月日が過ぎると1匹、また1匹と手下が離れて行く。情勢が悪化し別のボスを倒しては、またそのグループを乗っ取る。しかしいくらオレが力をつけようとも、オレの周りには結局誰もいなくなってしまう。

――― そして孤独に腹を空かせ、ほっつき歩いていたらヤツに出くわしたというわけだ。
――― そのヤツは、目を覚ましたオレに気がつくと、フナをこちらに投げた。どうやらオレが腹を空かせているのはお見通しのようだった。高架下だってのに、なぜがオレの頬は濡れていた。
――― どうやらオレはリーダーになり得るほどの力は持っていたが、リーダーになりうる資質を持ち得なかったみたいだ。一からやり直そう。コイツのところで。きっと何かみえてきそうだ。



ノラネコ
イエネコ


 そんなノラネコ青春物語の熱い友情でも妄想してしまうような魅力あるネコだった。普段私は犬猫はあまり撮らないのだが、カントウカンアオイAsarum nipponicum を求めて散策していた公園に、なんとも不良っぽいネコどもを見つけて写真を撮ってしまった。
 まぁ言うまでもなく何かしらのメーターっぽいボックスの上でこちらを睨んでいる三毛猫に惹かれたわけで。どうも私がネコを撮ると、可愛らしく写らない。というか可愛らしくないから写真を撮りたいと思うのかもしれないけど。周りにいるネコはよく見るようなノラネコだが、三毛猫は毛も長く、品種だとメインクイーンみたいな(詳しくないからよくわからんが)感じで気品があった。睨んでる気迫はオオヤマネコLynxs にリンクするものがある。悪そうな不良っぽい顔してるなぁ。
 んでなんか撮っているうちに愛着が沸いてきたから、彼女のことを「高架下のミケ」と呼ぶことにした。あぁ、これで 「 オシャレなカフェでラテアートの写真 」 とか 「 可愛らしい雑貨の写真 」 とか撮り出したら危ないね。そういう典型的なカメラ女子みたいなことを私がやりだしたら止めてください。一応、ハペでやっていくつもりですので・・・
 まさかカメラ女子のようにネコ撮って妄想するようになるとは、恐るべし高架下のミケ。









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僕が死体を拾うわけ

ヒミズ
ヒミズ Urotrichus talpoides 死体


興味のない人間・忌避する人間にとって獣の死体というのは、
「毛むくじゃら」や「避けたい物体」以上のモノにはなりえない。
しかし日の目を見ないような生き物(ヒミズだけに)の死体というのは、
【死人に口なし】ではなく我々にとって多くの事を物語ってくれる。



第一に姿自体見るのが稀な生き物は死体だけでも貴重な出会いであり、
地中生活を営む食虫類に至っては「死体ならば見たことがある」という人も多いのではないだろうか。
齧歯類の死体はなかなか見る機会も少なく、おそらく天敵の胃袋の中で眠っているのだろう。
しかしモグラやヒミズなどは食われることなくその場で倒れていることがある。
そのような死体をよく観察してみると、何かに噛みつかれたような痕跡があって、
この写真のヒミズにも左前足の付け根あたりに傷跡がみられた。
そういった謎の死因にはどうやら彼らの臭いが関係しているようで、
食虫類には独特の体臭があり、この臭いを忌避する肉食動物もいるようなのである。


「ニホンアナグマ Meles anakuma があの長い爪でゴソゴソやっていたら、
ヒミズにでも行きついてガブリとやったのかな。」

とか、

「ホンドギツネ Vulpes vulpes japonica が聴力任せにダイブしてみたら、
くさいヒミズじゃねぇかと捨てたのかな。」

とか、推理小説さながらその死因を妄想するのは死体を見つけた時の楽しみだ。
それも背景となる自然についての見識が深ければ深いほど、
いろいろと考えを巡らせて道筋を明確にしていくことができるのだ。





と、死体の話をしてきたが、何を隠そうちょうど死体に関する本を読んだので今はそんな気分。
ゲッチョ先生こと盛口満著「僕らが死体を拾うわけ ― 僕と僕らの博物誌」という本が、
文庫版として復刻されてつい先日入手したのである。
この本の中にもヒミズは登場し、ビロード状の毛を触って実感することができたり、
骨格標本を作製して肩甲骨や上腕骨の特異な形状を見たりと、
死体だけでも生き物の魅力というのは尽きることを知らない。


生き物をやっている人ならば共感できる部分が多い本だとは思うが、
やはり死体はNGという人ももちろんいるだろう。
自分も以前はおそらくそうで、『生存野生動物主義』とでも言おうか、
生きている生き物にしか興味を見出せず死体など生き物という枠組みから逸脱しているようだった。
それがいつからかそちらの世界にグイグイと引き込まれるようになり、
気がつけば興味のアンテナが脳内に設置されていた。
こういったアンテナがあると今まで見ていた世界が一変して、
面白いことに生き物の死体というのは結構見つかる。
臭い的な部分もあるが何か気配というかオーラというか、
「むむ、近くに死体がある気がする」とアンテナが受信するのである。




ここから先は競争である。
私が見つけたのが先なのか、もしくはスカベンジャーが先なのか。
やつらに先を越されればとんでもない状態になってしまうので、それは勘弁願いたい。
だが大体はハエに先手を取られ、卵を産みつけられていることが多い。
卵ならまだしも、すでにウジがうごめいている場合だってある。
以前三宅島で見つけたキビタキ Ficedula narcissina の死体なんてとんでもなくて、
キビタキ自体が動いているんじゃないかと錯覚するほどもぞもぞしていて、タタリ神一歩手前だった。
あれはさすがに鳥肌ビンビンものだったのを覚えている。




話は戻ってヒミズの話。
死体というのは生きているときには見られなかった骨格や臓器なんかも見ることができる。
特に骨は分類に用いられる形質であるため、同定するときにはやはり見ておきたい。
日本にはヒミズより一回り小さいヒメヒミズ Dymecodon pilirostris も生息しており、
両種はパッと見の外観が似ていて識別が難しい。
ヒメヒミズは細長い尾、ヒミズは棍棒状の尾というところで見分けることができるが、
そういった度合いやプロポーションというのは境界線が難しい。
ましてや何個体も並べて見るわけでもなく、ただ目の前の尾がどうなのか比較なしに見定めるとなると。


そこでわかりやすいのが歯式(Dental formula)である。
哺乳類の世界ではよく用いられるもので、上顎と下顎の歯の本数を1つの式で表わしたものである。
それでみると、


  歯式 :【 切歯 上/下+犬歯 上/下+小臼歯 上/下+大臼歯 上/下=総本数】
       (歯は左右にあるので、総本数以外は対)   

ヒメヒミズ:【 I 3/2+C 1/1+P 3/3+M 3/3=38】

 ヒミズ :【 I 3/2+C 1/1+P 3/2+M 3/3=36】


となる。


これを見るとわかるように下顎にはヒメヒミズで9対、ヒミズでは8対の歯が生えている。
つまりヒミズは下顎小臼歯が1対少ないのである。





よって2種を見分けるには下顎の歯の本数を数えれば良いのである。
ただし生きているヒミズの歯の本数を数えるのは、
落ちてくる木の葉の数を見極めるのと同等に難しい。
だが死体ならば頭骨標本を作製して容易に観察ができるので、そういった点も死体の利点であろう。


ヒミズ頭骨
ヒミズの頭骨 1目盛り=1mm



野外でカサカサと動き回る個体を同定するのは不可能に近いが、
こうしてみるとこの生き物がヒミズだということは一目瞭然である。
哺乳類ではこの歯というのが重要な分類形質となっているため、
外観が類似していたり系統的に近縁な両種だが、属さえ異なっているのはそういう理由である。
今回は上のような歯式を私は用いたが、従来の日本の式とは異なっている。
これまでのヒミズは【 I 2/1+C 1/1+P 4/3+M 3/3=36】という今泉先生らが提唱した式だったが、
アメリカのZiegler氏の提唱する式は発生学に基づいているので、
こちらの方が信憑性が高いということでアメリカ式の歯式を使った。
(詳しくは川田伸一郎著:『フィールドの生物学③ モグラ 見えないものへの探求心』参照)



ここまで長々と書いてきたが、それだけ死体というのは興味深いモノなのである。
自然は美しいと感じるが美しいだけではない。
死というのは恐怖の対象ではあるが現実であり、我々も例外ではない。
自然から美しいもの以外を排除するのではなく、ありのままの姿を見る。
だから美しくもあり、醜くもある。
そして醜い部分にも実は魅力的なところが隠されていたりもする。
きっとそれすら欲に負け怖いもの見たさでも、手を伸ばしてしまうのかもしれない。


それこそ、僕が死体を拾うわけ。






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ボクのトンネルは誰に繋がる?

アズマモグラ
アズマモグラ Mogera imaizumii


昨日は久しぶりに大学時代に所属していた研究室を訪れた。
大学生活の後ろ半分はほとんどが研究室関連になり、
真面目に生物学を突き詰めた時もあれば、
泊まり込んでジャンクフードに下鼓を打ちながらバカ話で夜が明ける時もあった。
何よりも担当教授に恵まれたこともあって、自分の生き物に対する考えの幅が大きく広がった。
生物地理という分野の面白さを教えていただいたことで、
気がつけば今年はオカダトカゲPlestiodon latiscutatus を見に行く始末。



そして小型哺乳類というジャンルの生き物が、意外にも両爬に似ているように感じる。
コウモリ類Chiroptera を除く小型哺乳類というのは移動能力に乏しく、
そういった点で両爬と同じく、生物地理の材料としては大変興味深い一群だと思っている。
特に自分の研究対象だったモグラ類を含む食虫類Insectivora はすごく面白い。
最近では川田先生がいくつかモグラの本を出されているので、
一般的にもモグラについての認識が浸透しつつあるのではないだろうか。


・モグラ博士のモグラの話(岩波ジュニア新書)川田伸一郎著
・フィールドの生物学③ モグラ -見えないものへの探求心-(東海大学出版会)川田伸一郎著


1つ目の本はとてもわかりやすく書いてあるので、読みやすく子供にもおすすめしたい。
どちらもアカデミックな部分をしっかりカバーしているため、
そういったところを読みたい人はぜひ。
染色体の面白さもみえてくるでしょう。

とにかくモグラたちの面白さが伝わるのは本当に喜ばしい。
そして猛烈に小型哺乳類探したい!!
それもこれも研究室を訪れた日に、その恩師と二人で飲むことができたからだろう。
先生とサシ飲みなんて初めてだったし、色々話せて本当にこの研究室を選択して良かったと実感した。
生き物をやるにあたって一人でコツコツというよりも、
様々な人との関わりの中で生き物についてアレコレ突き詰めていくのが良いのではないだろうか。
鳥屋や虫屋などの違うジャンルの生き物屋さんであったり、
研究者やアセスの人だったりと、たくさんの分野の人の話を聞いていきたいね。
まるでモグラのトンネルのようにいろんなところにアクセスできるのが望ましい。



とりあえずはミズラモグラEuroscaptor mizura をお目にかかりたい。
まぁでもなかなか難しいだろうなぁ・・・
モグラだけに日の目を見る時が来るのだろうか。




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対象への収斂

アズマモグラ
アズマモグラ Mogera imaizumii


研究を進めているといつの間にか、
自分の視力が悪くなっていることに気がついた。


いつもくっきり見えていたモノがだんだんとぼやけ始め、
いつもぼやけて見えていたモノは幻影へと変わり果てた。


おそらく今まで以上に眼を酷使していたんだろう。
ほとんど顕微鏡と英論文とパソコンとにらめっこしていたもんだから。


気がついたら研究対象であるモグラに近づいていたのである。
目は徐々に使い物にならず、
体はモコモコ丸くなり、
外に出ることもなく研究室という名の「地下トンネル」に籠っていた。




彼らのことを知れば知るほど、自身の姿が似通ってくる。
もしずっとこのまま研究を続けていたならば、
もしかしたらボクはモグラになれたのかな。




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百獣の王よりトンネルキング

アズマモグラ
アズマモグラ Mogera imaizumii


おそらくお目にかかる機会が少ないであろう。
ましてや生きた姿での遭遇というのは、
片手で十分に数えることができるほど。
しかし彼らは身近に生息しており、見えない地中で活動している。

彼らは食虫目Insectivora (現在はトガリネズミ形目Soricomorphaが使われるが、
個人的に好きな名称ではないので食虫目で) に属する小型哺乳類。
しばしばネズミなどの齧歯目Rodentiaと一緒にこの「小型哺乳類」という
コトバにまとめられるが系統的には遠く、むしろヒトとネズミの方が近縁。

実は日本というのは、この狭い国土にモグラ科Talpidaeを8種も産するモグラ大国なのである。
動物地理的にも進化系統的にも、実に面白い材料であり、
私はすでにその虜になっている。

彼らはトンネル生活に特化しており、
余計な出っ張りがないように耳介がなく、
視覚がほとんどない代わりに嗅覚と触覚を鋭くし、
トンネルをUターンするために体毛は垂直に生え、骨盤は細長くなっている。

このビロード状の体毛とずんぐりした体格が、モフモフでたまらん。
サングラスにヘルメット・ツルハシといった装備に、
工事現場のオッチャンみたいな雰囲気の従来までのキャラは払拭していただきたい。
なかなかの良い癒しキャラですよ、モグラくんは。



いくらライオンPanthera leoが百獣の王だとしても、それは地上での話。
地中ならモグラが王様さ。
ライオンにはライオンの、モグラにはモグラの世界がある。
誰が1番だなんて、初めからありはしないんだ。


スポットライトの当らない地下トンネルで、
今日もモグラは食っちゃ寝、食っちゃ寝。



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浮かびあがる

ニホンカモシカ
ニホンカモシカ Capricornis crispus

哺乳類っていうのはなかなかフィールドで出会うのは難しい。
ましてや写真なんてもってのほか。
と思っていたがよっぽどの幸運が。

なんと目の前のカモシカが穴に落ちて、近くで写真が撮れるという状況に。
その後、またこの場所に戻ってみたら、カモシカはすでに姿を消していた・・・

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