月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 爬虫類  

真っ暗闇を抜け出して

 ● 亜細亜の熱帯雨林、ボルネオの旅 ●
プロローグ. 暗黒大陸への渡航
1. 旅の終わりは、旅の始まり
2. エアアジアの激情
3. それぞれの乾杯で繋がる世界
4. 伏線のポッポヘジュセヨ
5. 森の人の恩返し
6. ジープが停まる理由
7. Monster Monkey Morning 
8. まるまるこのもり
9. 虎とか豹とか虎とか
10. 熱帯猿紀行
11. ジュラシック・リバー・クルーズ
12. クルーズ拒まず、サルを追う
13. 真っ暗闇に漕ぎ出して
14. 真っ暗闇を抜け出して




 流域面積の広い河だと、遡っているのか下っているのかがわからなくなる。ましてやこの暗闇だ。河が自分の右から左に流れているのか、左から右に流れているのかさえわからない状況。そもそも河を横切っているだけかもしれない。それほどまでに河の流れる向きがわからない。
 唯一方向がわかる手立てといえば河岸に沿って進む事で 『 上流下流のどちらかには向かっているんだな 』 ってのがわかるくらい。そんな岸にライトを向けてみると、水面にキラリと光るモノが。




イリエワニ
イリエワニ Crocodylus porosus


 まさしくワニだ !! ついに来た、この水上に光る目玉。日本の自然下では見られないワニ目Crocodilia という分類群。こんな日が本当にやってくるとは。
 幼い頃の私にとっては憧れの生き物であり、しかし同時に図鑑やTVを通してだったり動物園でしか見られないような、自分には遠い存在の生き物だと思っていた。それが目の前の自然下に、自分と同じ空間に、生息しているだなんて、右頬をつねりたい気分だ。すぐさま幼少期の自分に伝えてあげたい 「 こいつらと自然下で対峙できる時がいつか来るぞ 」 と、 「 絵空事じゃなく現実にだぞ 」 と。

 ボルネオに生息するワニは個体数の多い本種ともう1種、マレーガビアルTomistoma schlegelii がいる。マレーガビアルは希少で今回は見られずだったが、いつかは見てみたい。あの特徴的な細長い吻部。
 インドガビアルGavialis gangeticus が属する本家 ( ? ) ガビアル科ではなく、クロコダイル科にしてあの形態。マレーガビアルは恐竜だとスピノサウルスSpinosaurus とかバリオニクスBaryonyx などの、魚食性スピノサウルス類のような印象があって個人的には好き。
 インドガビアルほど細長くなってしまうとどうにもそれらの恐竜に似ているようには見えず、どちらかというと魚竜のイクチオサウルスIchthyosaurus っぽいなぁとか思ったり。
 まぁとにかく見ていないワニの話はここら辺にして、目の前のイリエワニだ。



イリエワニ
イリエワニ


 ある程度こちらがボートで近づいていくと、逃げるようにして岸へと上がった。全身を露わにしたその姿を見てみると、ずいぶんと可愛らしいまだ成体とは言えないような小さな個体だった。よくTVや写真で見るワニは泥にまみれて全身がくすんで見えるのに対して、幼体や亜成体のワニは体表も綺麗だし、斑に入る模様も明瞭である。ヘビにしてもカメにしても、やはり小さいうちは色鮮やかで可愛らしいやつが多い。

 前日までの豪華な宿には土産物コーナーも併設されており、さすがは自然散策で稼いでいる宿なだけあって種々の図鑑が取り揃えられていた。各分類群の図鑑もあれば、ボルネオの生き物写真集だったり、文化史だったり、その書籍コーナーを物色しているだけでも幸せになれるくらいとにかく品揃えがよかったのだが、その中にワニについての本があった。
 タイトルは 【 Man - eating Crocodiles of Borneo 】、そう “ ボルネオの人喰いワニ ” だ。ページをめくってみると男が服を捲ってワニにやられた傷を見せていたり、巨大な人喰いワニが討伐されて吊るされていたりしている写真が載っていて、いかにイリエワニが危険な生き物なのかが淡々と綴られていた。
 そんな書籍をこのキナバタンガン河に来る前に読んでいたので、興奮半分、恐怖半分のままボートに乗っていた。ただ、いざ川面に漕ぎ出してみれば興奮ばかりの楽しいクルーズな上に、目の前のイリエワニは可愛らしく美しい。 『 きっとあの本に出て来た巨大人喰いワニってのは伝説やら伝承で語り継がれているような、幻に近い存在なんだろうな 』 なんて、鼻で笑いながら目の前の小さいイリエワニが草むらに消えていくのを見送った。


 しばらくボートは進み、マレーウオミミズクBubo ketupu など夜の生き物を堪能してナイトクルーズも折り返し地点。 「 いやぁ今晩はなかなかにエキサイトだったなぁ 」 なんて言葉を漏らしながら、遡っているんだか下っているんだか、とにかく来た向きとは180度反対側へとボートは進む。

 途中、ただでさえゆっくりなスピードだったはずのボートが、みるみる推進力を失っていく。 『 船長が何か見つけたにしては、やけに慎重すぎるなぁ・・・ 』

 ただ一点を見つめる船長の、手にするライトが指し示す光線の先を目で辿ってみると、水面に浮かぶ反射する光。






イリエワニ
イリエワニ


 「 で、でかすぎる ・・・ !? 」 ただ息を呑むばかりで言葉に詰まる。さっき見たイリエワニが亜成体だとか子供だとか、そんなの勘定に入れなくたって桁違いにデカいのが、水面にチラリと出ている頭部だけでも容易に想像ができる。ましてや観光用で何度とクルーズでボートを操っている船長のオヤジさえ、声には出さない緊張が見てとれた。
 ただその中に、わずかに興奮の色が見え隠れする。 『 あぁ、この人も “ こっち側 ” か。 』   「 Go , Go !! 」 と小声ではやし立て、そろりそろりと近づいてもらう。ヤツを刺激しないように、ヤツを怒らせないように。
 15mくらいまで寄れただろうか、そこに至るまでヤツは物怖じせずにじっと水面から顔を覗かせていたのだが、突然 「 トップンッ 」 と水中へと姿をくらました。



「 ヤバい、来るっ !!?? 」

 こんなちゃちなボートじゃ、あの巨体にかかれば即座に沈められるじゃないか。一瞬で最悪のシナリオが頭をよぎった。 【 Man - eating Crocodiles of Borneo 】 本のタイトルと被害男性の痛々しい傷跡が脳裏にフラッシュバックする。


 嫌な予感がしたのは外国人である我々だけではない、現地人の船長さえ 『 こりゃあいかん 』 と思ったに違いない。すぐさま取舵いっぱいでモーターはフルスロットル。瞬時にその場を離脱した。
 実際は自分たちが走って逃げているわけではないのに、なぜかハアハア息切れしているという緊張感。 「 こえーこえー 」 と言いながらもなぜかニヤつく私とルンチョロサン。
 少し離れたところから、さっきまでヤツがいた場所に目をやってみるとヤツはまた水面まで浮上しており、獲物に逃げられたからだろうか、どこか退屈そうに見えた。


 「 よっしゃ、もう一度アタックしよう 」  船長もアドレナリンが出ているようで断られることもなく、再びモーターを奮い立たせる。近くで、その大きさを、その危険性を、体感した上での再チャレンジは、無鉄砲だったファーストコンタクトとは違っていくらか弱腰だった。それでもヤツを刺激しないようギリギリのところまで近づいたが、想像以上に警戒の琴線が張られている範囲が広く、またもやヤツは水中に。


イリエワニ
イリエワニ


 ずぶりと潜っていくヤツの尾部上面に立ち並ぶ板状の鱗は、恐竜たちを彷彿させ、同時に私を興奮させてくれる。
 「 マズイ、近づきすぎたか ?! 」

 そう思う間もなくヤツが再浮上。どうやら襲うわけではなく逃げて行くようだ。そりゃそうだ、基本的に襲ってくる生き物ではなく、逃げる生き物。クマなんかと一緒で、よっぽどのことがない限りは向こうが去るスタンスだ。
 ただ “ [ 海外で初めてのナイトクルーズ ] + [ 巨大ワニ ] + [ 被害本 ] ” という組み合わせにより、脳内ムービーで勝手に急展開になってしまっただけで、普通に考えれば現実はそんなところ。すぐ近くに支流の合流地点があったため、本流を逃れて小さな支流へと遡っていく。



イリエワニ
イリエワニ


 水深もあまりないため、ヤツの巨大な後ろ姿が露わになる。熱帯魚屋なんかにも売られている南米原産のホテイアオイEichhornia crassipes が水上に浮かんでいるので、おおよその大きさは伝わると思うが、全長にして4mほどはあったであろう大物だった。長さというより太さに目がいき、幅広の胴部は自分がまるまる腹の中に収まるのを想像するに容易い。こんな巨大爬虫類と野生下で遭遇していたとは。
 這うとも泳ぐとも言えないような緩やかな動きで、浅い支流の奥へ奥へと進んでいく。その後ろ姿は、彼らの祖先が恐竜ひしめく時代を生き抜いた “ 風格 ” を感じさせた。ヤツにもディノスクスDeinosuchus の血がわずかにでも混じっているのだろうか。


 座礁してしまうため、これ以上支流を追いかけることは叶わなかったが、それでもあの巨体と遭遇できたことは私のこれまでのフィールド経験に無いもので、アドレナリンの分泌も凄かった。さすがは海外フィールド、日本では得られないものを得た。
 まさかここまでのワクワクとドキドキが待っているとは、乗船前には思いもよらなかっただけに、帰りのボート上で受ける夜風はこれまた心地好いものだった。



 最高に楽しいナイトクルーズを終え、宿に着岸。なんとか無事に真っ暗闇から脱出することができたようだ。船長のオヤジと握手を交わし別れを告げると、どうやら彼らはここからが本番らしい。現地スタッフ2名が長い釣り竿を持って、我々と入れ替わりでボートに乗り込んだ。
 というのも仕事後にプライベートで夜釣りをするようで、船長も嬉しそうに煙草をくわえ出した。なるほど、良い生活だな。仕事と遊び、どちらもこの雄大な大河に育まれているわけか。






 宿に戻ったら、すぐさま生き物探し。というのも乗船寸前まで、宿の外壁についているヤモリを追いかけていて、待ち合わせ時間のためタイムオーバーに。その続きがあるので、さっそく壁虎探し。



フタホシヤモリ
フタホシヤモリ Gekko monarchus


 素敵Gekko が壁にたくさんついている。こちらの宿周辺の外壁は彼らが優先種のようで最も目にしたヤモリだ。ダナンバレーの森で泊まった宿ではホオグロヤモリHemidactylus frenatus やヒラオヤモリCosymbotus platyurus などの、典型的なハウスゲッコーが幅を利かせていたのだが、こちらではこいつらに蹴散らされるように隅でチラッと見かける程度であった。

 ホオグロヤモリやヒラオヤモリなどは頭胴長にして70mm弱とニホンヤモリGe. japonicus と同程度の大きさだが、このフタホシヤモリは一回り大きく100mm程はある。そのため力関係としてはやはり、体サイズが大きい方に分があるのだろう、蛍光灯下の絶好のポイントはこいつらが支配していた。
 英名でも warty house gecko と “ ハウス ” がついているので人家で比較的見られるヤモリのようだ。また warty ( イボ ) の名の通り、大型鱗が大きく突出しているため、ザラザラとゴツイ体表をしていていかにも強そうな風貌である。体色も明るいスポットが入ったり、背面中央の暗色班が二分されて尾部の中ほどまで続く模様だったり、日本で見られるGekko 属とは少し異なる様相であった。

 そんな彼らを渡り廊下で観察していると、頭上のトタン屋根から 「 カン、カン、カン、カカカ 」 と、ドングリでも落っこちて跳ねているかのような音が何度か聞こえてくる。ルンチョロサンとは 「 ネズミでも駆けてるのかねぇ ? 」 なんて話もしていたり。
 初めのうちは別段気にしていなかったのだが、風も弱く何かが結実して落ちているようでもなく、それもだいたい同じ位置からその音が聞こえてくるのが徐々に気になってくる。

「カン、カン、カン、カカカ 」   「 カン、カン、カン、カカカ 」
 フタホシヤモリと戯れながらも耳に入ってくるこの音に耳をすませてみると、なんだかトタンを叩くような音ではない気がする。

「 カン、カン、カン、カカカ 」   「 カン、カン、カン、カカカ 」
 不審に思って音の出どころを探ってみると、衝撃の正体が明らかになる。




スミスヤモリ
スミスヤモリ Ge. smithii


 まさかの憧れ、スミスヤモリとのご対面 !! あの音の主はスミスの鳴き声だった。
 Gekko 属の大型種にして、美麗種。その翡翠のような眼に魅了される人も少なくない。

 本種の頭胴長が190mmと記載されている図鑑もあり、あのアジアの巨大ヤモリで名高いトッケイヤモリGe. gecko ( 頭胴長185mm ) を凌ぐ大きさとも言われている。私が今回見たのは頭胴長150mmほどで、フタホシヤモリでも 「 おぉデカいなぁ 」 と思っていただけに、それより二回りほども大きいこのスミスヤモリの存在感たるや。
 彼らが縄張りとしている付近の壁には、それまで随所で見られた中ボス的なフタホシヤモリはおらず、堂々たるこのスミスヤモリが王者の風格を持って支配している。まさに大ボス的存在。


 力関係で言えば、 【 スミス > フタホシ > ヒラオ 】 の図式が成り立っている。だからと言ってスミスが一番個体数が多いのかというとそういうわけではなく、フタホシが随所に幅を利かせて最も数が多く、それに押されてヒラオやホオグロが隅っこで細々と餌にありつく。そして虫たちの誘引性が高いような絶好のポイントには、フタホシを蹴散らしてスミスが堂々と陣取るという勢力図だ。
 ただそのスミスは敵なしかというと、そうではない。 “ スミスの敵はスミス ” である。写真のように再生尾の個体が多く、いたるところで見られるというわけではないことから、種内競争が激しいことが窺える。

 そういった相関図が散策している内に見えてくるのが面白く、日本では環境毎にある程度分かれて生息するため、複数種が入り乱れて混在するこの状態は、新たなヤモリ観察の楽しみだなと気づかされた。




スミスヤモリ
スミスヤモリ


 なんと言っても魅力はこの美しき翡翠眼である。以前、大学の卒業旅行でタイを訪れた際、もしかしたらスミスヤモリかテイラーヤモリGe. taylori を見たかもしれないが、あまりに遠く視認できなかったため、泣く泣く帰国した記事を書いたが、ついに念願の緑眼を拝むことができたのだ。この調子でGe. verreauxiGe. siamensis など、他の緑眼のヤモリたちを見られる機会に期待したい。
 また、綺麗なのは眼ばかりではなく、体表に纏っているホワイトスポットも暗がりで見ると結構目立つ。




スミスヤモリ
スミスヤモリ


 別の場所では幼体も見られた。こちらは種内競争の波にさらされる前で尾は完全尾であるし、幼体特有の発色の良さからホワイトスポットも鮮やかでよく目立つ。
 ただチビでもちゃんと緑眼を持ち合わせてはいるのだが、まだまだ色濃さというか深みが足りない。きっと他の個体との死線を乗り越え、巨大化の末に行き着く支配者の業の深さこそが、彼らの瞳を一層深くさせるのだろう。




 そんなヤモリたちの勢力争いを見ながら改めて今晩の出会いを振り返ると、河でも陸でも、とにかく大物に遭遇できたアツい夜だった。もちろん見た目で海外の生き物は突飛であることが多く、それだけでも楽しめることも多いが、やはりワニにやられそうになる恐怖を感じたり、種々のヤモリが混戦している状況を見てきたりするのは、図鑑を眺めているだけでは得難いモノがあると思う。
やはり何にしても現地でその生き物と出会い、どういう暮らしぶりをしているのかを見るというのは、生き物探しの醍醐味だなと改めて感じさせられた。
 またそこで得た情報からいろいろ空想して、少しずつ少しずつその生き物について知っていくことが楽しいんだろうな。



 激動のフィールディングを終え部屋に戻ってベッドに入る。ヘロヘロだったのでいつもだったらすぐに爆睡だったはずだが、今晩はまだ自分の鼓動が聞こえて眠れない。

 「 ドックン、ドックン、ドックン、 」

 するとその鼓動を遮るように、
 「 カン、カン、カン、カカカ 」

 きっとどこかの闇夜に翡翠眼が煌めいているのだろう。


スミスヤモリ
スミスヤモリ





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Category: 鳥類  

真っ暗闇に漕ぎ出して

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14. 真っ暗闇を抜け出して



 ボートに揺られた感覚が陸に上がってもまだぼんやりと残っている。陸酔いの余韻を残したままに、食堂へと向かう。サイチョウにサルにと、興奮続きのクルーズでペコペコになっているおなかをブュッフェの品々で落ち着かせる。



夕食
夕食風景


 相変わらず欧米人だらけ。今回の旅では泊まったどの宿も食事はブュッフェスタイルだったので、毎食毎食満腹になるまで食べることができ、空腹に悩まされる事はなかった。なんだかんだで海外のフィールドは神経を使うため、とにかく腹が減る。
 そういう意味でたらふく食べられる環境というのは、フィールドワークをする上ではとても重要なファクターである。腹が減っては戦ができない。この夕食でも、もうそりゃあパンパンになるまで食べたさ。だって夜のお楽しみがあるんだもの。


 程よい疲れと満腹感に、ふかふかのベッド。部屋に戻って食後の休息を取るとき、いっそのことベッドでこのまま寝ちまおうかと睡魔の誘惑が凄かったが、なんとか振り払ってフィールディングの準備をする。
 薄暗い桟橋を慎重に歩いて辿り着いたのは船着き場。そう、夜もボートで河を散策するナイトクルーズである。これまた未体験ゾーン !! 抑えようと思っても胸の高鳴りは止まらないフィールディングだ。

 しかもこの晩に集まったのは船長とルンチョロサンと私の3人だけ。昼間は欧米カップル2組に我々、ガイド、船長の8人体制だったことを考えると、今回は完全なるプライベートボートという贅沢な乗り合わせ。こいつは自由にフィールディングができそうだ。


 さっそくボートに乗り込み、明かりのない真っ暗な水面へと漕ぎ出す。昼間と違って慎重に進む必要があり、またライトで照らしながらの散策となるためボートの進行スピードが極めてゆっくりになる。よってボートのモーター音は非常に静かで、かつ昼間に猿やら鳥やら虫やらで騒がしかったジャングルはしんと静まり返っている。
 加えておしゃべりな中川家の礼二似ガイドもおらず、あまり英語が得意ではない寡黙な船長が、ボートを巧みに操りながら生き物を探す職人っぷり。自然とこちらも息を殺すようにライトの照らされている先を見つめ、聞こえているのはわずかなモーター音と、岸から跳ね返ってくるボートの波のちゃぷんちゃぷんという音だけ。なんとも緊張感がある。


 しばらくするとライトが一点に留まり、そちらに向かってゆっくりボートで向かう。さすがは経験値の違うベテラン船長、次々に闇夜の中から生き物を発見していくではないか。




ルリカワセミ
ルリカワセミ Alcedo meninting


 眠る宝石。最初船長が何を発見したのか理解できなかったが、ゆっくりとボートを近づけるとそいつの正体がつかめた。どうやら日本にいるカワセミA. atthis の、色を濃くしコントラストをはっきりとさせたような鳥だという事がわかった。
 あいにく頭部は隠れたままお休みだったので、お顔を拝見することができなかったが、日本では “ 清流の宝石 ” とまで評価され愛好家たちが盛んに写真に収めれているカワセミの上位互換のような存在。大きさも同じくらい。なのできっとカワセミ好きにはたまらない鳥だろう。




コウハシショウビン
コウハシショウビン Pelargopsis capensis


 続いて同じくカワセミ科のコウハシショウビン。ただし前述のカワセミやルリカワセミがカワセミ亜科Alcedininae なのに対して、本種はアカショウビンHalcyon coromanda などと同じショウビン亜科Halcyoninae に含まれサイズも同様に大きい。またリュウキュウアカショウビンH. c. bangsi が樹上のタカサゴシロアリNasutitermes takasagoensis の巣を利用するように、コウハシショウビンも樹上のシロアリの巣を利用することもあるようなので、そういう意味でも似ているところがある。
 本種はボルネオ島で最大のキングフィッシャーで、その大きさは良く目立つ。今回も船長が先に見つけたのだが、本種ならば瞬時にどこにいるかがわかった。赤い嘴に水色の翼は南国風で、こういった様々なカワセミ類が見られるのも日本ではなかなかない感覚。寝ていたところを起こしてしまったようで申し訳ない。





マレーウオミミズク
マレーウオミミズク Bubo ketupu


 こちらは夜行性なので活動中。岸近くの枯れ木にとまり、水面を睨みつけていた。本種についても、渡航前の記事で書いていた見てみたい鳥の一角だった。和名のとおり魚を狩るミミズクなので、泳ぐ魚を捕えるための鋭く長い鉤爪が特徴的。
 それにしてもこの手のフクロウ類は名ハンターだと思う。よくフクロウ類で言われるのが聴力の凄さだ。耳の穴が上下左右対称ではなくズレているので位置関係を把握しやすいだとか、カラフトフクロウStrix nebulosa では顔面がパラボラアンテナのようになっていて集音機能に優れ、雪の下を動くハタネズミ類を雪上から狩るという凄技を身につけていたりもする。
 では、このウオミミズクの仲間はどのようにして水中の魚を暗闇から見つけ出すのだろうか。観察する限りではジッと水面を睨んでいたので視力に頼っているように見えたが、もしかしたら聴力にも頼っていて、水面付近で跳ねたりチャプチャプしている魚を狙っているのかもしれない。足の毛がなかったり、魚には聞こえないのでバサバサなる羽音だったり、他のフクロウ類とちょっと違う特徴のウオミミズク。狩りについても他のフクロウ類とは違うアプローチをしているのかもしれない。



マレーウオミミズク
マレーウオミミズク


 以前はシマフクロウBubo blakistoni と同じくシマフクロウ属Ketupa とされていたので、現地では 「 Ketupaだ、Ketupa 。 」 と喜んでいたが、調べてみるとシロフクロウ属Nyctea などと共にワシミミズク属Bubo に統合されるという分子系統解析があるようだ。それについては 【 鴎舞時 / Ohmy Time 】 というブログの 【 ワシミミズク複合体 】 という記事に詳しい。
 こちらのブログではさらに、 「 日本産鳥類目録第7版ではシマフクロウはKetupa のままだが、シロフクロウをBubo にしていることに整合性がない 」 と指摘されている。なるほど確かにそうだ。せめてどちらもBubo にするか、Ketupa ・ Nyctea どちらも残しておくか、というのが自然だろう。


 それにしてもこちらのブログは非常に勉強になる。いくつか両爬の記事も書かれているのも魅力だ。内容が濃いのでゆっくり時間をかけて過去記事を読もう。
 ということで今回はseichoudokuさんにならってマレーウオミミズクおよびシマフクロウはKetupa ではなくBubo をあてることにする。記載時にシマフクロウはBubo blakistoni とされていたから、学名の変遷としては元に戻った形かな。


 結局狩りの瞬間は拝めなかったが、なんとも素敵な鳥を見させてもらった。記事を書くにあたってフクロウの事を調べてたら、だんだん見たくなってくるミーハー気質の私。ロシアでカラフトフクロウとか見たいし、ついでに日本とは亜種の違うマンシュウシマフクロウB. b. doerriesi なんかも面白いかも。まぁ海外はハードなので北海道にコモチカナヘビZootoca vivipara を見に行くついでにシマフクロウとかオオワシHaliaeetus pelagicus とか探せたら楽しいかもしれない。




 夜のリバークルーズは昼間とは違った趣がある。興奮気味にはしゃいでいると、船長のオヤジもニヤリと親指を立てる。嬉しさが伝わったようだったので、 「 Good eye !! 」 と褒めて親指を立て返す。

 この時はただただ楽しいクルージングであった。まさかこの後のクルーズであんな恐ろしい目に遭うとは、親指を立てていた私には思いもよらなかった。
 そしてボートはゆっくりと暗闇を進む。




Category: 哺乳類  

クルーズ拒まず、サルを追う

 ● 亜細亜の熱帯雨林、ボルネオの旅 ●
プロローグ. 暗黒大陸への渡航
1. 旅の終わりは、旅の始まり
2. エアアジアの激情
3. それぞれの乾杯で繋がる世界
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5. 森の人の恩返し
6. ジープが停まる理由
7. Monster Monkey Morning 
8. まるまるこのもり
9. 虎とか豹とか虎とか
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11. ジュラシック・リバー・クルーズ
12. クルーズ拒まず、サルを追う
13. 真っ暗闇に漕ぎ出して
14. 真っ暗闇を抜け出して




 『 ブロロロロ ・・・・・ 』 ボートに搭載されたモーターの回転数が徐々に落ちていく。何か見つけたのだろう、巧みにボートを操る船長が一点を見つめ、船首の向きをゆっくりと変えている。

 船上での生き物探しなんて三宅島へ向かうフェリー航路で点のようなミズナギドリ類を見たくらいで、小型ボートでの散策はほとんど初めてに等しい。アプローチの仕方が初体験なのでイマイチ探すコツが掴めておらず、大抵は経験の長い船長、次いで同乗しているガイドが生き物を見つけるため、客である我々はどうにも歯がたたない。
 だが生き物屋としては、やはり第一発見者になりたいところ。 『 短い滞在時間だが、なんとしても自力で見つけ出したい 』 と思っていた矢先に出鼻をくじかれる。


 船首が向き直り、だんだんと近づいていく中でようやく、船長が見つめていた “ 何か ” を捉えることができた。




テングザル
テングザル Nasalis larvatus


 ボルネオのサルといったら本種だろう。近隣のスマトラ島やジャワ島にはいない、ボルネオ島の固有種である。密林の大物であるボルネオオランウータンPongo pygmaeus と、大河の大物であるテングザル、このボルネオ二大モンキーをこの目で見ずして、この地を去ることはできないだろう。
 とはいってもこの個体はおそらくメス。オスは和名の通り鼻が大きく、群れのボスともなると体格と共に鼻までもが肥大化する。オランウータンでいうところのフランジ個体のように、 “ 霊長類はボスを見ずしてその種を語れない ” と個人的には思うだけにボスも出てこないかワクワクしていたが、こいつは単独行動をしているようだった。

 こちらに気がつき一瞬は緊張したものの、その後はこちらをチラチラ見ながら警戒しつつ、葉を口に運ぶ手を止めようとはしない。やはり植物食の生き物は相当量食べなくてはならないのだろう。彼らの腹が出ているのは私のように食い過ぎというわけではなく、有害物質を含む葉も分解できるよう腸が長く、また霊長類では唯一、反芻行動をみせるようである。そのため、誰に邪魔されるわけでもなく、とにかく多くの葉をゆっくりと摂取するのである。



テングザル
テングザル


 観察していると位置を変え、ついには段差に座り込んで手はお膝の上、なんと行儀の良いことでしょう。こう見るとどうにも人間臭い動きをしていて、シワの具合がなんともおばあちゃん風だ。人間っぽく見えるのは枝を引っ張って口で葉を取るのではなく、1枚1枚葉を手でちぎり取り、それを器用に口に運ぶからだろう。珍獣と呼ばれている彼らだが、実物を見てみるとまるでイメージが違っていて、少なくとも私からしたおばあちゃんだな。



 しばらく観察を続けた後、他の個体が現れる様子もないし、このおばあちゃんに至っては永遠に葉を食べ続けていらっしゃるので、食事の邪魔をしても行けないので別れを告げて先を行く。
 ボートに乗り合わせた他の観光客と共に、初テングザルの喜びでワイワイ賑やかになっていると、我々の一団の他にも賑やかな声が、それも樹上の方から聞こえてくる。




カニクイザル
カニクイザル Macaca fascicularis


 カニクイザルの群れである。チビどもは木の実を探したり追いかけっこして走り回ったりと騒がしい。この若い個体なんかは、 【 警戒心 < 食欲 】 なのだろう、すぐ横を我々のボートが通り過ぎようとも気にも留めず、木の実探しに余念がない。
 彼らはニホンザルM. fuscata と同じマカク属に含まれるマカクモンキーで、見た目だけでなく仕草や行動なんかもよく類似する。若い個体のわんぱくで好奇心旺盛なところなんかはそっくりである。



カニクイザル
カニクイザル


 そんなチビどもが走り回る傍ら、木陰で肌を寄せ合い眠りについている。果たして家族なのか、彼らの血縁関係まではわからないが、右の個体は赤ん坊を抱きしめていたので母親だろう。なんとも仲睦まじいではないか。



カニクイザル
カニクイザル


 さらには陸上で授乳中の母親までいた。やたら伸びる乳房をぼんやりと眺め、 「 ゴムゴムのぉ~、オッパイ !! 」 なんてくだらないことで笑っていたとかいないとか。
 どんなにチンケでくだらないことをデカイ声でしゃべっていても、日本語を理解できるやつはこのボートには私とルンチョロサンしかおらず、その状況が余計にくだらないことを誘発させるようだった。ただふと我に帰れば、良い年したおっさんが、何を小学生レベルな事を言っているのだろうと悲しくなるので、そこは海外でテンションも上がっておかしくなっていたってことで、自分の中では納得するようにしている。うん、きっとそうだ。





カニクイザル
カニクイザル


 動き一つとっても可愛らしく面白いのは、こういった中型以上の哺乳類の特権。この個体は我々を警戒しつつ、川の水を飲みに岸までやってきた。この水域にはワニもいるので、 『 このタイミングでザバーンと子ザルに食いついたりしないかなぁ 』 なんてサル側からしたら不謹慎な妄想をしたりしてしまうわけだけど、私は両爬屋でワニ側なので、 『 来い来い !! 』 と切実に願っていた。もちろんその希望も虚しく、喉を潤した子ザルは無事に樹上の仲間の元へと戻って行ってしまった。

 写真としてはいろいろな表情が見られたので撮っていて面白かった。アフリカでヒヒの類いを見に行くのもアリだなぁなんて、前回の記事に引っ張られた感想まで漏らしてしまう。あぁ、それよかやっぱりギンガオサイチョウBycanistes brevis だよ、ギンガオサイチョウ。



 賑やかなカニクイザルの群れを見送り、ボートは細流で180 度方向転換して宿へと船首を向ける。いよいよ陽も傾き始めた川面には、同じ方向を向いたボートが数隻、白波を立てながら浮かんでいるのが見えた。我々もそこに混ざり合うように細流から本流へと戻って行ったのだが、その時ちょうど本流を下るボートとタイミングが合致し、2隻のボートが水平に並ぶかどうかというところまでなった。相手のボートは近隣の宿から出航している、いわばライバルのボートである。また観光客を楽しませようというノリもあったのかもしれないが、帰路を急いでいたためどちらもブルローーーーンと加速して、互いに抜き去ってやろうというレース的展開になった。
 しかし相手方はクルーザータイプのちゃんとした作りのボートに対して、こちらと来たら “ 手漕ぎボートにモーターとスクリューを搭載しました ” という程度のボートで、マシン性能では明らかに分が悪い。それでも我がボートに乗っていた中川家の礼二に似た中華系のガイドのおっちゃんがえらい煽るもんだから、船長もしぶしぶモーターを唸らせる。

 本流に合流しながら2隻のボートが水平に並びかけて、かつ互いのボートとの距離が縮まりかけた時、相手方のボートはもう一段階加速して、あっという間に抜き去って行ってしまった。さらには微妙に水平ではなかったため、抜き去る瞬間にクジラの尾びれにザッパーンとやられるような白波がななめに襲ったが、こちらも加速していたおかげでボートの後方1/3だけがビッショリと濡れる結果に。そしてそこに座っていたのは礼二似のおっちゃんと船長さん。ご愁傷様です。加えてどこかに電話をかけながら煽っていた礼二だったので、携帯電話までビッチョビチョ。さっきまでの威勢はどこ吹く風、急にしょぼんとしてロクにガイドもせず、携帯電話を我が子のように心配するばかり。結局は調子に乗ると痛い目に会うわけですね。





夕陽
夕陽


 宿に着く頃には綺麗な夕陽が水面に映っていた。なんとも楽しいクルーズの時間はあっという間に過ぎてしまっていたようだ。結局終わってみれば、自分が第一発見した生き物はゼロ。
 う~む、惨敗だ。
 初日は揺れるボートの上で遠景から生き物を見つけ出すように目を慣らすので精一杯だった。まだここに滞在するので、なんとか帰るまでには自分の眼で見つけ出してやろうと夕陽に誓うのであった。

 とりあえずは晩メシだ。ボートだから動いていないのに、興奮しっぱなしだからおなかはペコペコだ。


 そして夜は夜で、お楽しみ。





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