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月明かりにヤモリ

Moonlight Gecko

Category: 鳥類  

賢者は晴天下で惰眠を貪る


● 極北の流氷とアイヌトーテムの旅 ●
1. 一段飛ばしのおさがり
2. 打ち砕けドリフトアイス
3. 湯の力
4. 氷上の大鷲は
5. 北風の吹くナラワラの半島で
6. 賢者は晴天下で惰眠を貪る




ストーブ
ストーブ


 昨日よりもだいぶ早い起床。早朝というよりも深夜と表現するほうが的確であろう。眠すぎるし、布団が恋し過ぎる。まずは灯油ストーブで部屋全体を暖めながら、ゆっくりと目を覚ましていく。

 「 灯油は満タンに入れてますから、遠慮せず存分に使ってくださいね。 」

 部屋に案内された時に言われた、宿の女将さんのこういう一言に救われる。このちょっとした気配りが、人の心を安心させることをよく分かっていらっしゃる。これこそ、おもてなしだ。




ラスク朝食
ラスク朝食


 昨日セイコーマートの駐車場で聞かされた 「 運航の可否は当日の状況を確認して ~ 」 という ○ でも × でもない連絡に、心が宙ぶらりんになっていたのだと思う。翌日の朝食用としてその時に購入した買い物袋をいざ改めて開けてみると、ラスクとコーヒー牛乳だけが入っていた。

 「 昨日の私よ、果たしてこれが今日の朝食なのか ? 」

 いや、パンと言えばパンなのだが、この細切りタイプのラスクは食事ではなくおやつだろう。バナナはおやつに入らないし、ラスクは食事には入りませんから !! 残念っ !!!
 過去の自分を恨んでも仕方がないので、とりあえず腹に入れて準備をしよう。  、 、 、 っと思ったらうまいじゃないかよ、チクショー。ラスクで大事な甘さと香ばしさのバランスが抜群じゃねーか。んでもってパサパサになった口内にはまったりしたコーヒー牛乳がまたよく合うこと。食事とは言い難いし、こんなのじゃ腹には貯まらないだろうけれど、味はだいぶ好みの味。
 でもまぁ、腹を満たす目的で量を食うには糖分を取り過ぎたわな。健康管理上、砂糖は “ 当分 ” 控えるようにしなくっちゃ。

 朝から十分過ぎる糖分を脳みそに送り届けたおかげで、昨日よりも 3 時間早い起床でもしっかりと目が冴えてきた。さぁ、果たして今日は、なんとか出航してくれるだろうか。



 真っ暗なうちに宿を出て、昨日と同じ集合場所の港を目指すのだが、風がビュービューと時折強く吹きつけているのが気がかりだった。幸い雪が降って吹雪きになるような事態では無いにしても、 「 海が荒れているので欠航となります。 」 と言われれば納得してしまいそうな天候である。


 駐車場に着き、受付に向かうと、 「 出航は一応可能なのですが、沖の状況次第では引き返す可能性があります。 」 との事らしい。結局、乗船しても △ のままか。何とももどかしい。


夜明け前


まだ夜が開ける前に船は出航した。港から少し出たところでクルーズ船は一旦停止し、沖の状況を確認しているようだった。遠くでは漁船のぼんやりとしたオレンジ色の明かりが、上下左右にフワフワと、まるで人魂のように漂っているのを見るに、沖の方はずいぶんと荒れ模様であることが容易に想像できた。
  しばらくすると船内放送で、 [ 流氷帯のある沖には出られないこと ] と [ しかし港付近の海上からも観察できること ] が伝えられ、海の上で朝日と海ワシを待った。まぁ、仕方ないが、その状況下でも出来ることを楽しもう。




夜明け


 漁船のオレンジ色の明かりと入れ替わるようにして、ゆっくりゆっくり空がオレンジ色に染まっていく。まずはカモメやウの類いが飛び始め、少し間を置いて海ワシたちが空を舞い始めた。






オジロワシ
オジロワシ Haliaeetus albicilla


 それは何とも荘厳な光景だった。羅臼の山並みから一羽、また一羽と大型の海ワシが飛び出して、オレンジ一色の空にその大きな黒いシルエットを写し出していく。各個体を鮮明に観察するのも良いのだが、こういった風景の一部として捉えるのも面白く、一枚の絵画のように美しい。生き物写真だけでなく、こうした自然写真も撮っていて楽しい。




オジロワシ
オジロワシ


オオワシ
オオワシ H. pelagicus


 前日も見たのだが、海ワシは何度見ても素晴らしい。少し遠めの位置でゆっくり羽ばたいているオオワシを真横から見るのが個人的には好きだった。以前にボルネオで出会ったツノサイチョウBuceros rhinoceros でもそんなシーンを撮影できたんだけど、こういう写真は空想上の生き物のような、伝承によって伝わる幻の生き物のような、ある種の非現実感があって、写真を見返していてもワクワクする。
 なんだか、サイチョウ類がまた見たくなっちゃったなぁ。いつになったら海外遠征に行けるだろうか。


 何羽もの海ワシたちの出発を見送り、太陽が昇ってオレンジ色の空はすっかり青空へと変貌を遂げていた頃には、港へと戻る時間となっていた。




海ワシのなる樹


 港へ戻る途中、羅臼の山肌に海ワシたちがたくさん休んでいる “ 海ワシのなる木 ” を見かけた。車でも行けそうだったので、下船後にその付近の山へと向かってみると、予想通り木にとまって休む海ワシたちを観察することができた。





オジロワシ
オジロワシ


オオワシ
オオワシ


 撒き餌に寄って来ている海ワシじゃないから自然体でいいなと一瞬思ったが、いや待て待て。羅臼の沿岸部にいる海ワシについては、直接的な餌付けによる観察でなくとも、たまたまその日は撒き餌に寄って来ていないだけで、もしかしたら別日には集まっているのかもしれない。もしかしたら港で余った雑魚を狙って待っているのかもしれない。そもそも北海道に渡ってくる海ワシは、一度でも人間の影響 ( 餌付けや港の雑魚あさり ) を受けている個体が多くいるであろうことは容易に想像できるので、そういった間接的な餌付けの影響もあってここ北海道である程度人に慣れた海ワシを見ているのであれば、餌付けして見ているのと同義なのではないだろうか。
 餌付けを批判して、自然観察原理主義者のように 「 私は餌付けしていない個体を見ている。 」 と自信満々に言ったとしても、実はその個体の観察も、餌付けその他人間の影響による人慣れのおかげかもしれない。
 なので本当に餌付けの影響がない個体を見たければ、北海道全土での餌付けの排除を行なわなければ、本当の意味での野生的な海ワシとの対面はないのだろう。

 まぁ、何にしても、撒き餌に群がるよりは良い光景で、それなりに楽しむことが出来た。




 さて、この日は遠征最終日なので、空港に向かう必要がある。ここ羅臼から近い空港としては中標津空港があるのだが、就航本数が少ないこともあって、往路同様にギリギリまで時間が使える女満別空港を選択していた。そのおかげで北海道での滞在時間は増え、途中寄りたい観光場所もあったので、女満別に戻りつつ寄り道しながらいくつかの場所を巡っていく。


 まずは観光地を訪れる前に最後のフィールディングを挟むことにした。雪上を歩くには祖父から譲り受けたスノーブーツがとにかく役に立っていて、足裏のスパイクを起動すると、ガシガシと不安なく進むことができたので、今回のフィールドではかなり重宝した。見てくれこそ、一昔のデザインでイマイチな感じだったが、やはり実用性が一番大事。
 おかげでいくつかの生き物に出会うことが出来た。




ベニヒワ
ベニヒワ Acanthis flammea


 真っ白な雪上に赤い頭の小鳥がちらほら動いている。逆光で見えにくかったが距離が近かったので、そいつらがベニヒワだとわかった。個人的にはこの手の可愛らしいタイプの鳥にはあまり食指が動かないのだが、彼らの分類を巡っては面白い話を見つけたのでそちらの話でも。

 日本ではこれまでベニヒワ・カワラヒワChloris sinica ・ マヒワSpinus spinus の属名にCarduelis が当てられてきたのだが、近年の分子系統学的研究によればCarduelis は多系統であると指摘されている。 ( Arnaiz-Villena et al. 1998, 2008 )  2008 年の論文を見てみると、カナリア属Serinus やイスカ属Loxia なども含んでしまうこととなっていたので、確かにこれまでのCarduelis 属の単系統性は支持できないと考えられる。
 日本鳥類目録改訂第 6 版 ( 日本鳥学会, 2000 ) までは、前述の “ 広義のCarduelis ” にベニヒワ ・ カワラヒワ ・ マヒワを含んでいたが、日本鳥類目録改訂第 7 版 ( 日本鳥学会, 2012 ) では、次のように分割されることとなった。

 【 広義のCarduelis
カワラヒワをChloris 属に変更
マヒワはCarduelis 属のまま
ベニヒワはCarduelis 属のまま

 この分類変更については浅井ら ( 2016 ) の指摘にあるように、カワラヒワのみをChloris 属に変更して、残り ( マヒワ ・ ベニヒワ ) をCarduelis 属にする分割は、アメリカ鳥類学会が発行している北アメリカの鳥類リスト ( Chesser et al., 2009 ) や、国際鳥類学者連合の世界鳥類リスト ( Gill & Donsker 2015 ) などと比較しても整合性がないように思える。

 北アメリカの鳥類リスト・世界鳥類リストでは次のように分割される。

 【 広義のCarduelis
カワラヒワ類をChloris 属に変更
マヒワ類をSpinus 属に変更
ベニヒワ類をAcanthis 属に変更

 分子系統学的研究の結果から広義のCarduelis は多系統であることを支持して、それぞれ単系統となるように別属を当てる形となり、その結果、狭義のCarduelis はゴシキヒワCarduelis carduelis などの 3 種のみとなる。これならば広義のCarduelis が多系統であることに対して全てを別属に当てることで、分子系統学的研究と整合性のとれる分類になると思うのだが、日本鳥類目録の改訂は中途半端に採用していて整合性が取れていない。
 むしろそれならすべてCarduelis のままにしておいたほうが、良かったのではないだろうかとさえ思う。 ( ハシグロナキマシコRhodopechys obsoleta がカワラヒワ類と姉妹群を形成しており、他のCarduelis よりも遠縁であるようなので、先に単系統性が確からしいカワラヒワだけの分類変更になったのかもしれないけれど。 )

 ここら辺は両生類で言えばアカガエルの旧Rana 属の分割にも通じる話で、属の分割はタイミングと残される種の構成 ・ 単系統性なんかが重要かと私は思っている。


 そんな分類学的な整合性の不確かさからか、 2022 年に改訂が計画されている日本鳥類目録の第8版では、北アメリカの鳥類リスト ・ 世界鳥類リストと同様に、マヒワをSpinus 属に、ベニヒワをAcanthis 属に変更する案が現在検討されているらしい。加えて、ベニヒワの同属別種としてコベニヒワというのがいるが、別種扱いではなくベニヒワの亜種扱いという、細分化だけでなく統合についても検討されているのも良いね。
 またパブリックコメントについても今月末まで受け付けているようので、興味のある方はご意見してみてはいかがだろうか。


 あと、以前にボルネオのマレーウオミミズBubo ketupu 記事を書くにあたって参照させていただいた 【 鴎舞時 / Ohmy Time 】の seichoudoku さんのブログでも、このヒワ類の分類について言及されていたのを、いろいろ調べている最中に発見した。やはり流石だ、鳥類の分類関連の記事は非常に面白く書かれているし、世界の鳥類にそれぞれ和名がついている場合も多いので、非常に読みやすく理解しやすい。

 おっと、分類的にベニヒワは面白かったのでついつい脱線してしまった。時を戻そう。


 近くを小川が流れる落葉樹林を歩くと、すっかり葉が落ちて開けた樹冠を通して、澄み渡る空が濃い青色なのがよく見えた。辺り一面が雪に覆われているからこそ、それは相対的に濃さが強調されるのだろう。 ( いわゆる明度対比というやつ )  雪国育ちじゃないから、こんな天気の良い冬の日は余計にその濃い青色に惹かれてしまう。そんな風に、空の色への気づきがあったのは、木々の洞にいるある生き物を探していたからに他ならない。

 動いているとなんだかんだで汗ばんできて、背中の湿り気が気になり始めた頃に、一本の太い古木を見つけた。周りの細い木々たちの栄養を奪い取っているんじゃないかと思わせるように、不自然に 1 本だけ太く立っているその古木の、地上 8 m あたりで折れてぽっかりと空に向かって口を開けた樹洞部分に、求めていた丸い生き物が気持ち良さそうに陽の光を浴びているのを見つけた。





エゾフクロウ
エゾフクロウ Strix uralensis japonica


 おぉ、本当にいた !!  もちろん探していたんだけれど、昼間にこのように休んでいる姿を自力で見つけられるのがあまり現実的じゃない気がしていたので、実際に怪しいと思って目を凝らして見た時に 『 アレ、あの丸いのは ・ ・ ・ エゾフクロウだ ??!! 』 となった時の衝撃がすごかった。やれば出来るじゃないか、これは嬉しいぞ。北海道の生き物写真集などで見かけるあの風景が、レンズや本の枠に捕らわれず、広大な景色の一部として目の前に存在しているのが、何より感動的だ。
 思わず嬉しくて雄叫びをあげそうになるのを厚手の手袋で押さえ、その中で歯を食いしばって隙間から漏れ出る 「 おーしっ !! 」 だけで留まった。そのわずかな感嘆の音にはエゾフクロウも気がつかなかったので、フカフカの新雪にズムズムと足をとられながらそっと近づいていく。




エゾフクロウ
エゾフクロウ


 自分で見つけられると思っていなかったのもあるけど、目をつぶって動かないので現実味がなく、まるで置物のようになったそのエゾフクロウを至近距離で観察する。時折、私の布すれの音に反応してなのか、顔の向きを動かし音を拾っているようだったので、完全に寝ているわけではなさそうだった。

 それにしてもなんて気持ち良さそうなんだ。澄み渡る青空と天然のレフ板によって明るく写されるエゾフクロウは、寒い冬時期の貴重な太陽光を目一杯に浴びてホッと一息ついているような、とてもまったりとした時間が流れている。悠久の時を北海道で過ごしてきたからこその風景に、しばらく我を忘れて見入ってしまった。時折、冷たい風に当てられて冬の寒さを実感するが、風が止めば太陽の恩恵を存分に享受できるので、なんてことは無い。むしろたまに冷やしてくれてちょうど良いような、そんな陽気だったのが印象的な最終日であった。それだけに朝の強風による天候不順で沖に出られなかったのが悔やまれる。






フクロウ組写真
フクロウ組写真


①②③
④⑤■⑥

①リュウキュウコノハズク Otus elegans
②エゾフクロウ
③マレーウオミミズク
④アオバズク Ninox scutulata japonica
⑤リュウキュウアオバズク N. s. totogo
⑥コミミズク Asio flammeus


 改めて思い返してみたら、案外フクロウ類を見ていたんだなということに気がついた。本当だったらここにシマフクロウK. blakistoni も加えたかったのだが、さすがにパッと遠征で入っただけでは見られないか。トドマツAbies sachalinensis にとまるシマフクロウをスノーハイクしながら見つけてみたいけれど、それをやるならある程度北海道に住まなきゃなんだろうな。
 でもそれをやってでも見たいくらいの価値があるよなぁ、シマフクロウ。めちゃくちゃカッコ良いもの。あとフクロウでいえば圧倒的にカラフトフクロウSt. nebulosa が好き。あの顔が怖いけど、目力強くてカッコ良すぎでしょ。そう考えると北方系のフクロウが私は好きなんだろうな。



 ということで、次回が北海道遠征最後の記事です。なんかスイッチが入らずダラダラと続いてしまっていますが、あと 1 話だけお付き合いください。

 ● 参考文献 ●

Arnaiz-Villena A, Moscoso J, Ruiz-del-Valle V, Gonzalez J,Reguera R, Ferri A, Wink M & Serrano-Vela JI (2008) Mitochondrial DNA phylogenetic definition of a group of ‘arid-zone’ Carduelini finches. Open Ornithol J 1: 1–7.

浅井芝樹、岩見恭子、斉藤安行、亀谷辰朗 2016. スズメ目15科を対象とした日本鳥類目録改訂第7版の学名と分類の検証 ─第6版およびIOCリストとの相違─.日本鳥学会誌 65(2) : 105-128.

Chesser RT, Banks RC, Barker FK, Cicero C, Dunn JL, Kratter AW, Lovette IJ, Rasmussen PC, Remsen Jr. JV, Rising JD, Stotz DF & Winker K (2009) Fiftieth supplement to the American Ornithologists’ Union Check-List of NorthAmerican birds. Auk 126: 705–714.

Gill F & Donsker D (eds) (2015) IOC World Bird List (v 5.3) (online) http://www.worldbirdnames.org, accessed 2015–7–29.

日本鳥類目録編集委員会 (2000) 日本鳥類目録改訂第 6版.日本鳥学会,帯広.

日本鳥学会 (2012) 日本鳥類目録改訂第 7 版.日本鳥学会,三田.






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Category: 哺乳類  

北風の吹くナラワラの半島で


● 極北の流氷とアイヌトーテムの旅 ●
1. 一段飛ばしのおさがり
2. 打ち砕けドリフトアイス
3. 湯の力
4. 氷上の大鷲は
5. 北風の吹くナラワラの半島で


 豪華な昼食で腹を満たした後は、羅臼から車を南に向けて走らせる。海岸に沿った単調な道と、心地好い満腹中枢への刺激がとにかく眠気を誘ってくるのだが、つめた~いアイスコーヒーとスースーするミントガムでなんとか緩和し、目的地である “ 野付半島 ” に到着した。



野付半島
野付半島 ナラワラ


 野付半島は北海道東部に位置する、全長 26 km に渡る砂嘴の半島で、海水面上昇などによる地面の浸食によってできたトドワラ ( トドマツAbies sachalinensis の立ち枯れ林 ) やナラワラ ( ミズナラQuercus crispula などの立ち枯れ林 ) などの特殊な景観を擁する半島だ。東側に突き出ているこの砂嘴は先端が南に湾曲しているため、半島南側に野付湾を形成し、その内海は最深部で約 4 m ほどしかないので、私が訪れた冬季には内海が全面凍結する。そのため、春 ~ 秋までは細長い半島だったこの場所も、厳冬期には内海が雪原へと変貌をとげて、半島の面積としては倍以上となる。
 またこの 【 野付 】 という地名は、砂嘴の形をクジラの下顎に見立てた、アイヌ語の 【 ノッケウ ( 下顎の意 ) 】 に由来しているようだ、ということも付け加えておく。


 まずは車を半島の先端部に向けて進めることにした。途中で道路を横切るもふもふな冬毛のキタキツネVulpes vulpes schrencki は、餌欲しさに少しの間、愛想を振りまいてくれたが、こちらが得の無いヤツだと分かると、海沿いに転がっている雑多な漁具の合間にさっさと消えて行ってしまった。旅中、 3 個体のキタキツネを見かけたが、どの出会いもロクに写真を撮れなかったのが残念で仕方ない。



 再び車を走らせると、野付湾側の凍っているただただ白い雪原の上を、黒い点線が少しずつ動いているのが見えた。寄れるところまで車で近づいてみると、列をなして歩いている生き物が私の目に飛び込んできた。








エゾシカ
エゾシカ Cervus nippon yesoensis

 エゾシカたちの行進だ。 4 ~ 6 頭ほどの小隊が 5 , 6 部隊、絶妙な距離感で 1 本の線を雪原の上に描いている。みんな規則正しく一列になって、前の背中をただただ懸命に追いかけるようにして進んで行く。それなりの数がまとまった群れは、これまでホンシュウジカC. n. centralis でも遭遇したことがあったのだが、このように列で行進する様子は初めて見たので、広大な北の大地というのもあってとても感激したのを覚えている。

 目の前をエゾシカがしっかりと雪原を踏みしめながら進み、その奥には氷平線が広がって果てしなく、所々にナラワラが寂しそうに乱立している何とも言い難い素晴らしい光景。まるで、星野道夫が表現する、アラスカ原野のカリブー Rangifer tarandus を追体験しているような、そんな不思議な感動に包まれていた。


エゾシカ
エゾシカ


 先頭の 3 小隊はオスだけの構成で、角の欠けたヤンチャな若オスから、左後肢の動きが悪い老兵まで、勇猛果敢な男たちが鋭利な角で先陣を切っていく。海に突き出た半島ということもあるが、午後になってから時間を追うごとに北風が強く吹きつけ、昨日降り積もった粉雪を猛烈な勢いで巻き上げているにもかかわらず、各小隊の先頭にいる切り込み隊長たちは臆することなく果敢に北の大地を突き進んでいる。


 こういうの見ると、環境としては反対ではあるが、アフリカでオグロヌーConnochaetes taurinus の大移動とか見てみたくなるね。北海道のスケールの大きな自然に引っ張られて、いろんな欲望までもが自身の内側から湧き出てくるような感覚に陥ってしまう。




エゾシカ
エゾシカ


 まだ枝分かれしていない角を持った、去年生まれと思われる子どもでさえ、オスとして生を受けたその瞬間からの定めなのか、オスだけの小隊の最後尾について一歩一歩着実に進んでいる。何とも男らしく勇ましい姿か。





エゾシカ
エゾシカ


 若オスの勇姿もさることながら、もっと血気盛んな漢たちは猛り狂うオスのシンボルを武器に、白い息を吐きながらぶつかり合ってる。 「 おい、後ろから角が当たってんだよ。 」、「 お前がチンタラ歩いているからだろうが。 」 と、些細なことでいがみ合っているのか、はたまた、オスの性で強いやつに挑まなくては気が済まないタチなのか。


 ふとした瞬間に、私はここまでの男気はないなと我に返る場面が何度かあり、なんだかツラくなったのはここだけの話にして欲しい。




エゾシカ
エゾシカ


 大移動の後は雪上に露出した枯れ草を食みつつ、時折頭を上げては警戒を怠らない。見慣れたホンシュウジカと違ってガッチリ大きいガタイな上に、厚みのある肉感が彼らの強靭さを物語っている。
 近くで観察できるのは良いのだが、いざこちらに突進してきたとしたら敵わないだろうな、全くもって。




エゾシカ
エゾシカ


 無心で食事に勤しむ個体が多い中、たまに写真中央にいるオスのように、胸を張って視線を高く警戒している個体が数頭いる。群れにとってはありがたい監視役を担っていると思われるやつらだ。
 哺乳類において、群れによる集団行動から得られるメリットとしては、集団内の “ 誰か ” が危険を察知できれば、その集団 “ 全体 ” で危険を回避することができることだろう。 ( 索敵の報酬を全員で共有できる )

 例えばアフリカのサバンナでインパラAepyceros melampus やトムソンガゼルEudorcas thomsonii などの群れが早くにチーターAcinonyx jubatus に気がつくことができれば、初動の早さで逃げ切ることが出来たりする。
 他にも、グラントガゼルNanger granti が一回り小さいトムソンガゼルの群れに混じって、模様の似ている幼獣をトムソンガゼルの成獣に紛れ込ませることで守ったり ( 一般的には幼獣が狙われやすいため ) 、その代わりに目線が高いグラントガゼルが群れに混ざることで、体高の低いトムソンガゼル単一の群れよりも捕食者に気がつきやすくなったりするようだ。相利共生の観点からも、別種同士でさえ群れを形成するメリットは大きくある。
 なので、写真中央のオスのような存在というのは、群れにとって非常に重要なポジションだ。



 少し話は脱線するが、いろいろアフリカの哺乳類について書いていると、ミーハーな私は見たくて見たくてたまらなくなってくる。上述しているのはどれもエゾシカとは科の違うウシ科哺乳類で、いわゆるレイヨウ類なのだが、それで言うと、オリックスOryx gazella とかウォーターバックKobus ellipsiprymnus 、クーズーTragelaphus strepsiceros 、スプリングボックAntidorcas marsupialis 、ジュレヌクLitocranius walleri なんかも良いよなぁ。
 あぁ、アフリカ行きたい。






野付半島


 陽が傾くにつれて風は強まり、どこからそんなにたくさんの雲を連れてきたのか、気がつけば曇天の只中にいた。夕方でもコミミズクAsio flammeus が狙えるだろうと思って野付半島に来たのだが、流石にこの風では飛ぶのは厳しそうだ。
 この天候では諦めざるを得ないので、ハンドルを大きく切り、半島付け根側に向かって折り返す。



エゾシカ
エゾシカ


 戻り際、 1 頭の雄鹿に至近距離で出会った。彼は私の事など意に介さず、寒空の下で草や低木の樹皮などを囓っている。先ほど見た大規模な群れとは距離的にそんな遠い場所にいるわけでは無いのだが、群れには属せずただ孤独に行動している。
 ふと、彼の右角が欠けているのに気がついた。その歴戦の傷を負った片角が物語るのは、きっとオスの宿命とその結果だろう。

 孤独の理由、きっとそれは誰もが背負う可能性を秘めていながらも、ごく一部の強者だけがそこから逃れることができるシステムなのかもしれない。

 それを可哀想だと言うつもりはない。私からの同情など、彼には何の足しにもならないわけだし、良いとか悪いとかそういう次元でもなく、そのシステムこそが今日まで命を紡いだ功績のはず。もちろん彼のご先祖様が勝ち残ってきたからこそ、今の彼があるわけだし、彼に同情してしまうことは、つまり彼の存在を否定することにも繋がり兼ねないのだ。


 むしろ片角というアシンメトリーに格好良さすら感じてしまった。この孤独な片角オスが今日見た最後の生き物。これにてタイムアップ。





道路


 翌朝のクルーズに備えて再び羅臼まで戻る帰路。風と雪はより一層強く吹きつけて、道路の地面に引かれているであろう白線も確認できず、ホワイトアウトで前方も見えないこの状況だと、上方にある矢羽根と先行車の僅かな轍だけが頼りだ。さすがに慣れない運転すぎて、そろりそろりと進まざるを得ない。そんな私の車をとてつもないスピードで追い越して行く地元民のドライブテクニックよ。

 こうなるとやはり心配なのが明日のクルーズだ。冬の北海道は天候が荒れやすいこともあって、海の状況が悪いと出航できないことも多々あるらしい。そのため乗船前日の夕方には、必ずクルーズ会社から翌日の運航の可否が電話で通達される。
 実は前回の記事で乗ったクルーズも、その前日に札幌ラーメンを食べてウトウトしながら運転している最中に 「 明日は予定通り出航しますよ。 」 という連絡をもらっていた。キャンセルも珍しくないということだったので、両日欠航も覚悟しながら 2 日間のクルーズ申し込みをしていたわけだが、昨日の感じからしたらそろそろ電話が来るだろうというこの時間、ますます風が強まっているので文字通り “ 雲行きが怪しい ” 事態になってきた。

 一応、野付半島を出る前に羅臼の天気予報と波情報を見たら、なんとか持ち直す予測が出ているので、状況判断でいったら五分五分といったところ。果たして届くのは吉報か凶報か。



 「 おっかしいなぁ、昨日のパターンならそろそろかかってきても良いはずなのに。 」

 だいぶ周りも暗くなって、もう羅臼が目と鼻の先にあるくらいの距離まで来たのに未だに連絡がない。雪道と翌朝クルーズの両方の不安を抱えながらハンドルを握っていると、ようやくスマホが震え出した。タイミングよくセイコーマートのオレンジ色が 100 m くらい先に見えたので、そこで駐車させてもらい電話をとる。


 「 月光守宮さんのお電話でよろしかったでしょうか、明日のクルーズについてなのですが ・ ・ ・ 」 不安を覚える話し始めに、思わず生唾をゴクリと飲み込みながら 「 はい、そうです。 明日のクルーズはどうでしょうか ? 」 と返答する。

 「 一応できそうではあるのですが、正直に申し上げますと、今現在でも判断がつかない状況でして。ですので、明日はやるつもりで集合してください。その時の海上の具合を見て直前に可否を判断出来ればと思いますが、それでもよろしいでしょうか ? 」

 吉報でも凶報でもない、中途半端で生殺しな △ の答えが返ってきた。その 「 よろしいでしょうか ? 」 に NO と言える武器を持ち合わせていなかった私は、ほぼ YES しか残されていない選択肢に対して抗うこともせず、 「 あぁ、はい。 明日はよろしくお願いします。 」 と無感情に返事をして電話を切った。
 うーむ、いっそダメだと言われたほうが諦めがついて別プランを朝からできるのに、なんとももどかしい。こうなれば明日の天気が落ち着いてくれるのを祈るしかないか。

 ぼんやりしたまま、なんだか駐車だけだと悪い気がしたので、明日の朝食を適当に買ってセイコーマートを出ることとなった。



 すっかり陽も落ちた頃、また羅臼の町に戻ってきた。昨晩とは違う宿をとっているのでまた新鮮な気持ちでやってくることができた。受け付けを済ませて部屋に荷物を運び入れたら、早速メシ屋を探そう。
 昨日は温泉が気持ち良く、船長を含むオヤジたちとテレビマンのにいちゃんのやりとりが面白かったので、ついつい長湯してしまって町の飲食店が全て閉まっているという事態を招いた。おかげで北海道名物の焼きそば弁当が食べられて良かったのだが、今晩こそは美味いものが食いたいので、同じ過ちを犯さぬよう、まずはメシだ。





サーモンいくら丼
いさみ寿し


サーモンいくら丼
サーモンいくら丼


 そしてサーモンいくら丼と有頭海老の味噌汁と生ビール。最高すぎる。

 脂の乗ったサーモンのしまった身と、プチプチ弾ける濃厚ないくらを、それらをクドくならないよう襟を正す酢飯と合わせて口にかき込めば、垂らしたわさび醤油が鼻からスッと抜けた、一気に旨みが押し寄せてくる絶品の丼。

 海老味噌が持つ濃厚な出汁と、海老表面の香ばしさが、椀の中で綺麗に味噌と混ざり合って重厚な構成を作り上げる味噌汁。

 そしてそれらを舌で十分に堪能した後、麦の豊かな香りを纏ったきめ細かい炭酸で、爽やかに喉を潤していく。


 「 くぅ~~~、 悪魔的だぁ~。 」

 最高すぎる、至福すぎる、心地良すぎる。これだよこれ、北海道はやっぱりグルメだよ。大学 1 年の北海道合宿の延長戦で、友人と 2 人で食い倒れツアーやってたけど、やっぱ最高だわ北海道。

 ばっちり腹を満たして宿に戻ったら今度は風呂だ。この宿には大浴場があるので、心ゆくまで羅臼の温泉を堪能することが出来る。お風呂の温度はこちらもやや高めだが、やはり雪国ではこれがスタンダードなんだろう。芯まで温まっているので、湯上がりがいくら寒くても湯冷めしない。もちろん温度だけでなく温泉の効能あっての話なんだろうけど。



 あぁ、極楽すぎやしないか、幸せすぎるな。ただ、部屋に戻ってふと明日のことを考えると、やはり不安の波が打ち寄せる。寝る前にもスマホで予報を見たけれど、夕方見た時とは変わっていない五分と五分。
 悩むだけ無駄なことなので、明日クルーズ船に乗れることを期待して布団に入る。






エゾシカ
エゾシカ


 目を閉じれば、昼間の野付半島の光景が浮かぶ。列をなすエゾシカと、その背景に広がるナラワラの林、そして雪原。カメラのファインダーを覗き込めば、まるで星野道夫の世界のようだったのがすごい印象的で、この光景を何度も反芻してしまう。

 星野道夫の書籍で、とても素敵で大好きなシーンがあるのだが、特に今回はそれと重なる部分もあって強く印象に残っているので、最後にその一説を紹介して終わりたい。



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 五月のアラスカ北極圏。ぼくはカナダからやってくるであろうカリブーの群れをまっていた。もう二週間がたっている。広大なこの土地で、どこを通るかわからないカリブーの旅に出合うのはやはり難しいのだろうか。1,000キロもの季節移動をする極北の放浪者。
  ----- ( 中略 ) -----
 シェラフに入ったまま体を乗り出し、テントの入り口を開け、顔を出した。強風が雪を拾い、地吹雪になって目が開けられない。山頂から稜線に沿って何かがうごめいている。何だろう。目をこらすとそれは一列になり、まるで鎖のように山の麓まで延びていた。
  ----- ( 中略 ) -----
 先頭のカリブーはすでに川まで下りてきているだろう。しかし、地吹雪で何も見えないのだ。もう夜の十二時を回っているのにオレンジ色の太陽が真正面に輝いている。白夜の北極圏、太陽はもう沈まない。見上げれば、山の稜線から続く一本の線にまるで切れ目がない。あの山の向こうにはどれだけのカリブーが続いているのだろうか。一瞬、風の切れ目がブリザードのベールを払いとり、逆光の中で、川を渡ろうとするカリブーの行進がシルエットに浮かび上がった。

              【 アラスカ 永遠なる生命   星野道夫 著 】
              [ カリブーの旅 一九八五年 ]   からの一説を引用。

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 そして頁をめくると見開きでその情景の写真が飛び込んでくるんだけど、文章といい、写真といい、とんでもない魅力を持った表現なんだよね。これ読んでいて本当に鳥肌が立ったのを今でも覚えている。

 素敵だよなぁ、やっぱりここ目指したいなぁ。



Category: 鳥類  

氷上の大鷲は


● 極北の流氷とアイヌトーテムの旅 ●
1. 一段飛ばしのおさがり
2. 打ち砕けドリフトアイス
3. 湯の力
4. 氷上の大鷲は
5. 北風の吹くナラワラの半島で


 いつもの聞き慣れたアラーム音は、外の 「 ドゥイーン 」 というよく分からない音と混ざりながら私の鼓膜を振るわせた。目覚めは良くて、スヌーズ機能に頼ることなく一発で起き上がる。先程からかすかに聞こえる異音が何なのか、結露で濡れた窓を擦って外を覗き込むと、まだまだ夜が明けきらない目の前の道路を、街灯を頼りに 1 台の除雪車が、昨日の夕方から晩まで降り続いていたフカフカの雪を道路脇に退けているのが見えた。
 『 こんな暗いうちから除雪してくれるんだな 』  観光地ということもあって、こういった作業が早々に行なわれる有難さが非常に身に染みる。

 昨夜は温泉ですっかり身体の芯から温まり、ビールでさらに体内を追い炊きして、加えて暖房完備の部屋で分厚い布団に入っていたので、本当によく眠れた。いつも遠征では車中泊ばかりだから、宿だとしっかり疲れがとれることを改めて実感する。



ソフトカツゲン
ソフトカツゲン


 昨夜つまみにしていた鮭とばが数片残っていたので、それをおかずにおにぎりを口に放り込み、北海道のご当地乳酸菌飲料であるソフトカツゲンで流し込む朝食。沖縄のゲンキクールとかマリーブもそうだけど、遠征先のご当地乳酸菌飲料ってついつい気になって買ってしまう。味は想像通り、期待を裏切らないあの味。
 朝食もぱぱっと済ませ、これから乗るクルーズ船に備えて準備してきた防寒着をインナーからキチッと着込んでいく。この宿では連泊せず、今夜は別の宿にお世話になる予定なので、温泉で硫黄臭くなった手ぬぐいやら昨夜飲み散らかしたゴミなどもまとめてチェックアウトだ。

 バタンバタンと二重扉の玄関口を開いて外に出ると、雪や風は止んでいるものの北海道の早朝はシンと冷えている。急いで荷物を詰め込もうと車に駆け寄ると、その周りと道路までの通路がきっちりと雪かきされて整地されていることに気がついた。チェックアウト時刻を伝えていたために、あらかじめ従業員の方が除雪してくれていたんだろう、なんとありがたいことか。
 車にエンジンをかけ、船の集合場所まで向かう道中、 『 そういえばもし従業員の方がやってくれていなかったら、自分で雪かきをしてから出発するわけで、それを勘定に入れてなかったから、これ下手したら出航時刻に間に合わなかったかもな、アッブネー。 』 なんて思ったり。こういうのは遠征の計画段階ではまったく想定していなかったから、結果オーライだったけれど自分の見立ての甘さを反省する。


 脳内での早朝反省会が終わる頃には、無事集合時間に港へと到着することができた。港にはすでに多くの車が駐車しており、それらのほとんどが流氷クルーズの客らしかったので、車を停めるスペースを見つけるのに苦労した記憶がある。手短に準備を済ませたら酔い止めを 2 錠、口に放り込んで、昨夜温泉で出会った船長のいるクルーズ船に向かう。
 受付で料金を支払い、簡単な説明を受けると、乗船するよう促された。例の船長のオヤジはいるかなぁと探していると、船に乗り込む足場のところで、船員たちと談笑している彼の姿が見えた。

 『 これはひとまず挨拶しとかなきゃな。 』 とドキドキしながらそちらへ向かっていったのだが、謎の緊張感で、まるで小学校低学年の女の子が、好きな男の子に緊張しながら話しかけるように、 「 あ、あ、どうもおはようございます、昨日は、あの、露天風呂でどうも。 」 みたいなまごまごした言い方になってしまった。すると船長はドンと構えていながらも、朝だからなのか、あの夜のような親しみやすさは薄れていて、 「 おぉ、来たか。 そうだな、奥の船の方に乗りな。 」 と 2 隻あるうちの一方を勧めて私の方をポンと叩き、乗船を促した。
 個人的には感動の再会だったので、もうちょっとテンションの上がるやり取りを想像していただけに、なんだかちょっぴり肩すかし。せっかく夜に裸の付き合いをして距離が近づいたと思っていたのに、翌朝早々にタバコ吸って部屋を出て行く男性を、まだシーツの上で横になったまま寂しげに見送る女性みたいな感覚だ。
 まぁ、さっきから女目線での感情表現をしてますけどね、まったくわからんですよ、女心ってもんは。



 クルーズ船は、空が白み始めた頃合いに出航となった。例年では港近くまで流氷が押し寄せるようなのだが、この年は暖冬ということもあってか着岸数もほとんどなく、国後島を右に見ながらしばらく沖に出る。船内にはストーブなどの暖房器具が備え付けられているので、移動中の待機時間は快適なまま船は進んで行く。
 しばらくして流氷帯に差し掛かると次第に船の速度が落ち始め、それと時を同じくして、船員が動き出した。船の後方デッキに何箱か積まれていたカゴから、30 , 40 cm ほどの細長いものを、まるでトマホークの投擲のようにブンブンと流氷上に投げ入れていく。
 すると、まず “ それ ” に向かってカモメやカラスの仲間が集まり出し、ギャーギャーとチンピラのように喚いて奪い合いが始まる。船員の手元をよく見てみると、 “ それ ” は半分凍ったようなカチカチの魚だった。
 つまりこれは撒き餌だ。


 カモメやカラスがぎゃあぎゃあ騒ぎ立ていると、次第に本命の海ワシたちが現れる。






オオワシ
オオワシ Haliaeetus pelagicus


オジロワシ
オジロワシ H. albicilla


 これは近い。こんなにもカッコいいワシに大接近できて興奮している自分と、あくまで餌付けによる観察であるため、実力で見つけたわけでもなく、こんなことで良いのだろうかと自問自答する自分もいた。
 まさかクルーズ船での観察がこんな形だとは。内心、複雑な感情がぐるぐるぐるぐると混ざりあっていた。けれど、今となってはこれが彼らにとっての日常なのだろう。加えて、やはりすぐ鼻先にいる大型ワシの挙動は、見る者を釘づけにする迫力あった。



オオワシ
オオワシ


オジロワシ
オジロワシ


オオワシ
オオワシ


 餌付けについては賛否両論ある。ここで、世界自然遺産に指定されているこの知床半島で、なぜ反自然 ・ 反野生的とも言えるような餌付けが行われているかについて、私が調べた事柄を書いていく。

 観光船事業者によるオオワシ ・ オジロワシへの餌付けについては、 【 平成 25 年度 知床国立公園における海域利用適正化に向けた調査業務報告書 】 で、環境省釧路自然環境事務所および公益財団法人知床財団によって報告されている。それによると、餌付けは保護増殖という観点からは不要のものであり、鳥インフルエンザなど感染症への罹患リスクが増大すると指摘されるため、世界自然遺産の適正利用の観点からも、餌付けは原則としてゼロにすべきとしている。
 しかしながら、餌付けを止めてしまうと観光客の足が遠のき、羅臼地域における観光への影響が大きいこと、また、たとえすぐに餌付けゼロにしても隣接する別の餌付け場所に移動するだけで、越冬個体群への影響は軽微であると考えられることから、即時撤廃ではなく、段階的な行動計画を整備して、将来的に餌付けを無くすという方向性でまとまっている。

 ある種、餌付けの一部容認ともとれる内容であり、現在では通称 【 羅臼ルール 】 という、環境省と観光船事業者との間で合意されたルールのもと、観光事業者による餌付けは継続されている。
 ルールの中身としては、
 ・ 羅臼で捕れた魚だけを使い、感染症拡大防止のために内蔵は与えない
 ・ 与えた魚の魚種と量を記録し、環境省へ報告する
 というものだ。

 環境省の 【 オジロワシ ・ オオワシ保護増殖事業 】 に関する資料については、環境省の HP 上では平成 27 年度の検討会以降の内容は更新されておらず、現状ではまだ世界自然遺産地域内での観光事業者による餌付けが継続されているのが現状だ。





オジロワシ
オジロワシ


オオワシ
オオワシ


 以上のように、環境省としても即餌付け禁止という措置をとっていないからといって、 『 だからやっても良いんだ 』 と傲慢になるわけではないし、反対に餌付けを批判することで自分だけ正義ヅラしようなんて気もさらさらない。
 ただ自分がそれに加担してしまったことに後悔する部分もあったが、大半は至近距離での海ワシ観察を楽しんでいたことも、また事実である。


 だから、今回の経験を糧にして、様々な角度・尺度・知識を持って、それぞれの側面で何がベストかを自問自答することが大切なんだと思う。
 ・ 【 自然 】 原理主義的な自然観、本来の自然について ( 無干渉 ・ 人工物の排斥 )
 ・ 【 保全 】 地球規模の生態系保全や、全人類が向かうべき方向 ( SDGs ・ IUCN のレッドリスト )
 ・ 【 科学 】 科学的知見の蓄積による自然科学の事実 ( 実験 ・ 論文 )
 ・ 【 政治 】 政治的な判断、政権 ( 内閣 ・ 選挙 )
 ・ 【 経済 】 経済活動の進退やそこに暮らす人々の生活 ( 観光 ・ 飲食 )
 ・ 【 国際 】 国際的な立ち位置や世界情勢 ( 条約 ・ 紛争 )
 ・ 【 社会 】 社会的な法律、条令などのルール ( 種の保存法 ・自然公園法 )
 ・ 【 文化 】 文化圏での風習や生命倫理観 ( 歴史 ・ 伝統 )
 ・ 【 感情 】 生き物屋としての自分ルールや自身の興味 ( 人格 ・ 内面 )

 各側面で、それぞれの立場において、個々人の価値観があって、それらの考え方を否定するのは難しく浅ましくさえ思えるわけで、もっと多面的に物事を捉えて、それぞれの比重を見極め、 1 つの答えを紡ぎ出さなければならない。

 今回でいえば、海ワシへの餌付けは 【 自然 】 ・ 【 保全 】 ・ 【 科学 】 の側面ではやめるべきと考えるが、 【 経済 】 ・ 【 感情 】 の側面では餌付けによって得られるサービスを享受していたともいえる。本当に海ワシのため、という項目を最重要課題とするならば、餌付けはやめるべきだろうから、あとはそれをどうやって共有 ・ 納得するかなのだろう。
 もちろん全部をパーフェクトにみんなが納得なんてできない。 「 誰かの願いが叶うころ、あの子が泣いているよ 」 なんて歌もあるわけだし、泣く子が出るのは仕方が無いので、あとはその子のアフターフォローをどのように行なうかだ。



オオワシ
オオワシ


 少し脱線気味な内容にはなるが、そういう意味では “ 捕鯨問題 ” も同じように色々な見方を考えさせられる命題の一つであるので、海ワシの話に戻るようにしながらクジラに寄り道しようと思う。
 単純に捕る ・ 捕らないの話でも、 「 クジラを捕らないで 」 という人の意見もわかるし、 「 クジラを捕りたい 」 という人の意見もわかる。それぞれの人にそう思わせる背景が、上の各側面での考え方があるはずだから、どちらも間違っているとは言い切れない。

 ただし政治的な事実として、我々は国際捕鯨委員会 ( IWC ) から 2019 年に脱退し、排他的経済水域内で国際捕鯨取締条約によって管理されている鯨類の商業捕鯨再開を行う日本国民であるという事は揺るがないし間違いない。どんなに高尚な自然観 ・ 愛護精神があろうとも、我々が民主主義に則って選択した国民としての方向性である。自分はそんなの認めないと思っていても、海外の人からしたらパーソナルな部分よりも、 “ 日本人 ” という記号的な捉え方をされてしまうのが圧倒的に多いはず。
 IWC 脱退と商業捕鯨の再開を政治的に判断した日本人である以上、今一度、捕鯨問題について自分自身に落とし込む必要があるなと、脱退以降により感じるようになった。考えを巡らせる中で、いかに折り合いをつけて納得できるかが大事なんだろうな。特に生き物に関わる趣味をしている上では。


 これまでの経緯を自分なりに整理してみた。
 まず、 [ 鯨資源の保存及び捕鯨産業の秩序ある発展 ] を目的として、 1948 年に IWC が発足。その 3 年後の 1951 年、日本も IWC に加入し、クジラ資源の維持管理に努めながら各国と連携をして商業捕鯨を行なっていた。しかし捕鯨管理には鯨油の生産調整を目的とする 【 シロナガスクジラ換算 】 という単位を用いた、捕獲総数が捕獲枠に達したらその年の捕鯨は打ち止めとなるオリンピック方式を採用していたのだが、効率の良いシロナガスクジラBalaenoptera musculus やナガスクジラB. physalus をはじめとする大型のクジラを、各国が早い者勝ちで競い合うような捕り方をしていたことにより、特に大型鯨類の著しい減少へと繋がってしまった。
 失敗を悟ったIWCでは国毎に捕獲量を設ける 【 国別割当 】 へと捕鯨管理を変更したが、 1972 年の国連人間環境会議 ( 通称 : ストックホルム環境会議 ) にて 「 すべてのクジラは危機に瀕している 」 という演説がされたことや、その後、自然保護が声高に叫ばれるようになり、いくつもの捕獲規制や操業規制などを経て、ついに 1982 年に商業捕鯨の一時停止決議 ( 商業捕鯨モラトリアム ) が IWC で採択された。
 1990 年までに商業捕鯨の一時停止によるクジラ資源への影響を評価し、捕獲枠の設定を改めて検討するはずだったのだが、商業捕鯨の再開に向け、日本は南氷洋や北西太平洋での調査捕鯨を通じて、クロミンククジラB. bonaerensis やミンククジラB. acutorostrata の資源量増加を解明していったものの、 IWC 総会で捕鯨の新ルールである 【 改訂管理制度 ( RMS ) 】 の完成を先延ばしにされ続けたために商業捕鯨の再開は未だ認められず、現在もまだモラトリアムは継続中である。
 また調査捕鯨以外にも、 1988 ~ 2002 年までの 15 回にわたりミンククジラ 50 頭を暫定救済枠として日本は要求したが、それすら IWC に認められることはなかった。


 そのため現状、 IWC 加盟国で合法的に認められている捕鯨は、下記の5つである。
 ① 調査捕鯨
 ② 先住民生存捕鯨 ( マカ族やイヌイットによる捕鯨 )
 ③ 商業捕鯨モラトリアム等に関して異議を申し立てた上での商業捕鯨
 ④ 国際捕鯨取締条約の規制対象になっていない小型鯨類の捕鯨 【 沿岸小型捕鯨 】
 ⑤ 定置網で混獲されたり、座礁した場合 ( これらは捕鯨という表現にはならないが一応 )


 日本はモラトリアムに対し、一時は異議申し立てをしたが、アメリカから 「 撤回しなければアラスカ沖でのスケトウダラ漁をやめさせる 」 と圧力をかけられ、日本政府としては商業捕鯨よりもアメリカや諸外国との関係性を選択した。そのため異議申し立てを撤回している状況であるため、現行のモラトリアムが有効であり、 1988 年から日本の商業捕鯨は停止されたままだった。

 調査捕鯨においても、 1987 年から南氷洋および北西太平洋でクロミンククジラやミンククジラを中心に、クジラ資源の把握に努めていたものの、 2014 年に国際司法裁判所は、日本の南氷洋での第二期南極海鯨類捕獲調査 ( JARPAII ) の捕獲許可発給が、国際捕鯨取締条約に規定する [ 科学的研究を目的とする ] ものではないとの結論を下した。つまり事実上の商業捕鯨にあたり、調査捕鯨とは認められないとする判決を下され、日本は受け入れた。

 そして一昨年の 2019 年、ついに日本は IWC を脱退することとなる。 IWC 非加盟国であれば、公海での捕鯨はできないものの、排他的経済水域内で自国の判断によって捕ることができるということだ。 ( 例えばインドネシアなどの国々が行なう捕鯨がそれにあたる。 )
 ただ、量を捕る日本の捕鯨とインドネシアなどの伝統捕鯨を同列に語ることはできず、今回の IWC 脱退と商業捕鯨の再開というその判断は、私個人の考え方とは一致しなかった。

 じゃあ、お前の意見はどうなんだってこともあるだろうから、以下に私の考えを述べる。
 商業捕鯨を再開するのであれば、 IWC には加入したまま、科学的根拠に基づいて商業捕鯨モラトリアムの異議申し立てをし、 IWC で合意された改訂管理方式 ( RMP ) を用いて安全係数を算出した捕獲枠の中で、商業捕鯨を行なうべきだと考える。ノルウェーやアイスランドがそうするのと同じように。
 なぜなら IWC は本来、 [ 鯨資源の保存及び捕鯨産業の秩序ある発展 ] を目的とした国際機関であり、クジラは分布域が広大で、単一国の判断のみで [ 捕る / 捕らない ] の決定をすべきではないと思うので、国際的な資源管理と知識の共有化が必要だと考えるからだ。
 また、アメリカからの圧力に負けて異議申し立てを撤回してしまったら、せっかく調査捕鯨で得られた [ クジラ資源の回復 ] という科学的な根拠を自ら否定していることにもなりかねない。政治的圧力は政治の問題であり、圧力そのものを問題解決すべきであって、それはつまりクジラの問題ではないので、毅然とした態度で論理的に対応したい。


 今回は説明上、 【 捕鯨 】 とか 【 クジラ 】 と書いているが、種によっては絶滅に瀕していたり、反対に数が増えていたり、生息範囲が広かったりと、種によって実情は様々である。一括りにクジラと表現してしまうと、その言葉だけが踊っていて、どの分類階級を指しているか不明瞭になるため、誤解が生まれやすくなってしまうのも事実だ。
 日本が主張しているのは、これまでの調査捕鯨によって得られたデータから、数が増えているとされる南氷洋でのクロミンククジラの捕鯨だったので、 IWC 加盟国が科学的に判断出来るよう、議論を続けていかなければならない。科学的に増えている根拠があるならば、資源管理の面では私も捕って良いと思っているので、あとはその科学的な部分を納得させるだけ。
 ( 事実、科学的根拠もあり、南氷洋のクロミンククジラの年間増殖率と推定される生息頭数から RMP で安全な捕獲枠を算出すると、年間 2,000 頭を捕ることが可能とされており、それぞれの数字的な根拠は IWC でも承認されている事実である。 )

 一方で、分類学が進み、各海域のクジラが細分化されるようであれば、種における生息数は理論上減ることとなり、また生物多様性保全の観点からも、各海域特有の遺伝的多様性を守るため、捕鯨に関してはより慎重にならざるを得ない気もしている。細分化されればされるほど、生物多様性保全の観点からは捕鯨が難しくなるかもしれないので、ここら辺の問題はウナギやマグロなども同じように抱えている課題であろう。こういう所でも基礎科学である分類学の重要性を、そしてそれに乗っ取った議論の重要性を感じるので、世の中的にはもっと分類学に脚光が当たってほしいなと。
 トライ & エラーこそ科学だし、日進月歩で事実の蓄積がなされるので、定説だって覆ることもあるのだから、商業捕鯨が再開されても調査 ・ 議論は必要なもので、常に資源管理では継続的なモニタリングも必要なはず。
 そして科学は、政治とは切り離したところで、揺るがない存在として真実の追究に中立的であるべきで、その科学的な裏付けのもとに、政治的判断をしてほしいと切に願う。


 もちろんこれまで幾度となく、科学的に物事を進めようとしてきたと思うのだが、政治的な配慮や国際的な軋轢を鑑みて、モラトリアムに対して異議申し立てができない部分もあるのだろうし、 NGO や反捕鯨団体の働きかけによって、 IWC 自体がコントロールの利かない状態に陥る場合もあるが、それならば商業捕鯨を諦めるべきではないかとも考える。
 資源管理という観点から IWC のような国際機関は必要で、その管理の中で 【 商業捕鯨の再開 】 と 【 商業捕鯨モラトリアムの異議申し立て 】 はセットにすることが必須だと考えているので、脱退することで国際的な資源管理をせず、独自に商業捕鯨を始めることに私は疑問を感じている。

 ノルウェーやアイスランドなどは IWC に加盟しながらもモラトリアムに異議申し立てをして、その上で 【 北大西洋海産哺乳動物委員会 ( NAMMCO ) 】 を結成し資源管理に努めて商業捕鯨をしているので、せめて日本も北西太平洋での資源管理を近隣の国々と連携して行ったほうが、今後の諸外国との関係性を考えても有用なはず。

 最終的に自分の意見をまとめると、私の姿勢としては、政治的な介入のない科学的な調査による事実 ・ 根拠の解明を行なった上で、各種文化を尊重した基本ルールおよび特例措置の制定をし、国際的な協調路線の中で捕鯨を行なうことがベストだと思っている。もちろんこれが綺麗事で現実味はないのかもしれないけれど、それを最終目標としていきたいので、すべての事象はこの目標に準ずるかどうかで判断をしたい。





鯨肉
左 : ニタリクジラB. edeni の赤肉刺身 ( 北西太平洋産 ) (※ 1)
右 : ナガスクジラB. physalus のベーコン ( アイスランド産 ) (※ 2)

(※ 1 再開された日本の商業捕鯨のもので、水産庁が定める捕獲枠内で捕鯨される )
(※ 2 ナガスクジラについては、ワシントン条約附属書Ⅰに掲げられているため国際取引が原則できないが、日本はいくつかの種に対し留保を付するため、輸入することが可能 )


 あと、捕鯨に反対する人の中には政治的な思惑で反対しているのではなく、純粋に 『 野生動物として守りたい ・ 殺されるのが可哀想 』 という文化 ・ 感情が理由で捕鯨に反対している人がいることも忘れてはいけない。 [ 反捕鯨国ではクジラを神格化し ・ 知的動物であると信じている ] ことに対して、しばしば日本で批判的な意見も散見するが、それも立派な文化 ・ 時代の思想であるので、食べたいという文化を守りたいがために、その神格化している文化を踏みにじることもあってはならないのではないだろうか。
 文化の歴史や重みも大切かとは思うが、同じようにして、歴史が浅く新しい文化だったとしても、それが多くの人に根付いているものであれば、歴史ある文化より劣っていると私は思わないし、場合によっては今のほうが大事なこともある。時間の経過や科学技術の発展により、世界情勢で政治が変わり、世論が変わり、文化や生活が変容していくわけだから。
 またそれらの変容により、ホエールウォッチングという文化が日本にもできていることも理解しておく必要がある。国内でもそれを目的とした観光業者や楽しみにしている観光客もいて、そんな彼らにとっては商業捕鯨を手放しで喜べない側面があるかもしれない。
 古来からある捕鯨という文化も、その歴史の中で時間経過と共に価値観や科学的知見も変容していく。携帯端末の普及によって、個々人での連絡が容易になったことにより、年賀状の文化が衰退しているように、クジラの食文化も時代に合わせて変容してしまうのは当たり前だとも思っている。

 ただ一つ言えることは、そうして食べる文化を守るということで商業捕鯨を再開した以上、需要や消費の落ち込みで供給過多に陥り、食べ切れずに遺棄されるクジラを生み出しては絶対にいけない。国際世論で反対意見もある中で、世界的な資源管理としての組織である IWC を脱退し、協調路線ではなく我が道を行くことにしたのだから、好き勝手に無駄殺しは許されない。
 ただただ商業捕鯨を再開するだけでなく、食利用の裾野拡大も含め、この数十年間で後退してしまったクジラ食文化の復興を、今の若い人やこれから日本を担っていく人々に、どう訴求するのか、きちんと考えていかなくてはいけないはず。それも含めての商業捕鯨再開だ。



 日本沿岸での商業捕鯨開始にあたっては、クジラ ( 特にヒゲクジラ亜目 ) は季節回遊の生き物で、分布域としては広大な種もおり、我々が捕るのは日本沿岸だけだとしても、 『 自分たちは守りたいのに、日本の海域に入ったら取り尽くされてしまうかもしれない 』 と日本以外の国では不安に思うかもしれない。
 逆の立場になって考えてみるならば、仮にロシアの食文化にオオワシ・オジロワシ食が昔からあったとして、生息数が減少する中、海ワシをロシアの人々が食文化だとして消費を続けることで、激減してしまうかもしれない。ロシア国内での狩猟については、ロシアの中での問題なので日本として口を挟むことができないが、それによってこれまで冬に渡ってきていた海ワシが日本に渡って来なくなってしまうかもしれない。
 そうなった時、そうなりそうな時、あなたは何を思い、どんな感情になるだろうか。

 それを想像してみると、ロシアと共有していると言える渡り鳥の海ワシたちに、我々の判断だけでリスクのある餌付けをして良いのだろうか、その影響がロシア側に出てしまわないだろうか、と考えてしまう。
 クジラについても海ワシについても、関係する相手方の事を十分に熟考した上で、付き合い方を決めていかなくちゃならない。





オオワシ・オジロワシ
オオワシとオジロワシ


 ( ようやくこれで海ワシに話は戻るが、) だから羅臼地域で行なわれている餌付けでさえ、安直に容認することも憚れると思うようになっているので、考えれば考えるほど、今回のクルーズ参加は後悔の念に苛まれる。


 餌付けに加担したことは事実として私の歴史には刻まれる。その事実を未来の私はどう捉えるだろうか。

 羅臼ルールの計画のもと、その未来では餌付けがゼロになっているかもしれない。
 違うやり方での観光産業が生まれているかもしれない。
 新手のウィルスの登場により、海ワシが絶滅しているかもしれない。

 その時の状況や得られた知識などで感じ方は違うのだろうけれど、後悔した部分を少しでも改善できるよう、知識は常にアップデートし、自分の考えに背かないようにして生き物と関わり合っていくようにしたいな。




オジロワシ
オジロワシ


 あと後悔ばっかりではなく、ネットや図鑑を眺めているだけでは分からない、生で見るその偉大さや迫力を体感したプラスの部分があるのだから、それらはきちんと自分の中に吸収して、何かの形にしてアウトプットできるような人間にならなくてはな。



 ブログを書くことで、自分の考えを整理することができて、 [ 自分が大切に思っていること ] ・ [ 今後どういう行動をすべきか ] が、ぼんやりしたものから徐々に輪郭が明確になっていくわけだが、クルーズ船に乗っている最中はそこまで頭の中を片付けられていなかったから、楽しんだ反面モヤモヤが残ったまま、帰港することとなった。
 クルーズ船の事業者はルールに乗っ取って運行しているので、悪い事をしているわけではないのだが、自分の心にわだかまりを持ったままだったので、面白い出会い方をした船長さんに対して素直に挨拶できない自分がいて、 「 今日はありがとうございました、楽しかったです。 」 と定型文のような感想を吐き出しただけで、船を降りることになってしまった。
 あぁ、なんか未熟者ですいません。





 気持ちを切り替える意味でも、下船後はお昼時だったので道の駅にある食堂で豪華にメシでも食って元気を出すことにした。せっかく北海道に来たのだし、海鮮の美味しい港近くのお店ということもあって、ここはひとつ、奮発してお高いものを注文することにした。





ウニ丼
ウニ丼


 エゾバフンウニを豪快に丼の全面に敷き詰めた、私のこれまでの人生で注文したことのない額の超豪華ウニ丼だ。これにわさび醤油を上から垂らしてがっつけば、味わったことのない旨味が口中に広がる。さすがは北海道、鮮度が段違いじゃねえか。
 実はもともと私はそこまでウニが好きではなかったのだが、一昨年の東北遠征の時にジークさんのお宅でごちそうになった三陸産のウニが爆裂に美味しくて、自分の中のウニの価値観が 180 度ひっくり返ったのをきっかけに、ウニの評価が急上昇したのだった。これまで食べてきたウニは鮮度や解凍の問題なのか、形が崩れて溶けたようになっていたので、ただのオレンジ色のドロドロした海産物という印象だったのだが、その時にいただいたウニは身がしっかりしていて食感もあり、そして何よりその濃厚なウニとしての旨味が最高だった。はっきり言って、これまで食べていたウニはウニではなく、ようやく初めて本物のウニを食べたんだという感覚で、まるで別の食べ物のように感じた。当たり前だけど、本当に美味しいウニは美味しいんだ。
 そんな経験もあってウニの美味しさはその土地で鮮度の良い物を味わうのが一番だと思ったので、せっかくの北海道遠征だから奮発してウニ丼を注文したのは大当たりだったな。沖合にぼんやりと浮かぶ流氷と国後島が眺められる窓側の席で、この極上のウニ丼を食べられる幸せは、何にも代え難い経験だった。

 やっぱり食べる文化 ・ 食を通じて得られる感動は、他の物では代替の利かないモノなんだろうなぁ。
 さて、腹も舌も満足したことだし、気持ちを切り替えて午後のフィールディングに向かうとしよう。


オオワシ
オオワシ




■ 参考文献 ■
【 クジラを捕って、考えた  川端裕人著 】
【 クジラと日本人 小松正之著 】
【 なぜクジラは座礁するのか? 「 反捕鯨 」 の悲劇  森下丈二著 】




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